理論を思考の出発点にしてビジネスをとらえよう
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サマリー:経営学者には、「理論を思考の出発点にするタイプ」と「現象を思考の出発点にするタイプ」がいる。多くの経営学の教科書は、現実のビジネス現象に理論を応用していく「現象ドリブン」の構成で書かれている。一方で、... もっと見る著者の入山章栄は、「理論ドリブン」の思考法を取り入れる重要性を説く。本稿では、「理論→現象」の思考軸で経営学を学ぶことが、ビジネスパーソンにとってなぜ重要であるかを解説している。本稿は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)の一部を抜粋し、紹介したものである。 閉じる

「理論ドリブンの思考」は、汎用性が高い

 ビジネスパーソンが経営理論を学ぶべき大きな理由のひとつは、その圧倒的な「汎用性」にある。そしてこれが本書『世界標準の経営理論』と、他のいわゆるMBA本や多くのビジネス書とを分かつ、決定的な違いでもある。

 本書を読む上で重要なのが、「現象」と「理論」の区別だ。現象とは言うまでもなく、「M&A」「競争戦略」「人材評価」「ガバナンス」など、実際のビジネスの様々な事象・課題である。一方の理論とは、その事象を鋭利に切り取る、思考の軸・ナイフのようなものだ。

 実は経営学者には、「理論を思考の出発点にするタイプ」と「現象を思考の出発点にするタイプ」がいる。例えば、本書『世界標準の経営理論』第3章で登場する、リソース・ベースト・ビュー(RBV)を確立した世界的な経営学者ジェイ・バーニーは、「理論ドリブン」(theory-driven)な思考法を持つ代表ではないだろうか。

 他方、現実のビジネス事象そのものに興味があって、すでにできあがった理論をそこに応用する「現象ドリブン」(phenomenon-driven)の学者も多い。第2章で紹介する例えば、トロント大学のアニータ・マクガハンなどはそのタイプかもしれない。ちなみに筆者も、研究者として自分は現象ドリブン寄りだと自覚している(※1)

 では、既存の経営学の教科書・経営書はどちらだろうか。図表1は、米国のMBAで使われる代表的な経営戦略論の教科書である、ロバート・グラントの著書の章立てをまとめたものだ(※2)

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図表1

 この教科書は、第1部のイントロダクションの後は、第2部が事業環境分析、第3部と第4部がポジショニングなどの「競争戦略」、第5部が多角化・垂直統合などの「企業戦略」と続いている。完全な現象ドリブンの構成だ。

 実は、これはグラントの教科書に限らない。筆者の知る限り、現存するほぼすべての経営学の教科書は現象ドリブンで構成されている。書店に並ぶほとんどの経営書・ビジネス書・MBA本もそうだろう。

 おそらくこの現象ドリブンの構成は、教科書の作成者(多くはビジネススクールの教員)が、ビジネスパーソン向けに「わかりやすくする」ために用いているのだろう。しかし、こういった本の価値も理解した上であえて言えば、この現象ドリブンの構成は実は逆効果ではないかと筆者は考えている。

買収プレミアムを説明する4つの理論

 その理由を、買収プレミアムを例に取って説明しよう。「買収プレミアム」とは、企業買収(M&A)において、買収する側の企業(買収企業)が買収金を払う時に、買収される企業(被買収企業)の市場価値に上乗せする額の割合のことだ。

 例えば、2014年にサントリーホールディングスが米アルコール業界大手のビームを、160億ドル(約1.7兆円)で買収した。ビームのその直前の企業価値総額は130億ドル前後だったので、サントリーはビームの株主に約25%のプレミアムを上乗せして、同社株を買い取ったことになる。ちなみに、米国の企業買収プレミアムの平均は30~40%程度なので、(他の事情は一定とすると)25%はそれほど高いわけではない。逆に、もしある企業が60%や80%の買収プレミアムを払っているなら、その企業は「高値づかみ」をしている可能性がある。

 ではどのような時に、企業は高値づかみをしがちなのか。経営学では、この買収プレミアムを説明できる理論が、少なくとも4つあるのだ。

※1 筆者の理解では、経営学の学術誌にも「理論ドリブン」の研究重視のものと、「現象ドリブン」の研究も受け入れるものがある。前者の代表は『アカデミー・オブ・マネジメント・ジャーナル』で、同誌に掲載される論文は必ず優れた理論貢献がなければならない。他方で『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』なら、重要なビジネス現象を分析すれば、理論貢献が多少弱くても論文が掲載される可能性がある。
※2 Grant, R. M. Contemporary Strategy Analysis, 6th edition, Wiley-Blackwell, 2007.(邦訳『グラント 現代戦略分析』中央経済社、2008年)