経営理論
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12月12日の発売からわずか6日で3刷りの大増刷が決定した入山章栄氏の最新刊『世界標準の経営理論』は、世界約30の経営理論を、可能な限り網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめている。
序章「経営理論とは何か」から抜粋して全5回にわたってお伝えする本連載。第3回となる今回は、現実のビジネスの方がはるかに動きと変化が速く、経営学はそれを後付けでしか説明できない、いわゆる「経営学は後追いの学問」といわれる批判に答える。そして本書が「著名な教授には書けない」理由を、明らかにする。

経営理論の説明力は、時代を超えて不変

 経営理論がビジネスパーソンの思考の軸として有用たる理由を述べよう。それは「理論は古びない」ということだ。よく「経営学は後追いの学問にすぎない」といわれることがある。現実のビジネスの方がはるかに動きと変化が速く、経営学はそれを後付けでしか説明できない、という批判だ。

 しかし、待っていただきたい。これは本当にそうだろうか。例えば『世界標準の経営理論』の第5章で紹介する「情報の経済学」の始祖といえるのは経済学者のジョージ・アカロフだが、彼がその論文を発表したのは、いまから約50年前の1970年だ。そして21世紀の現在でも同理論は少しずつ進化しながら、ビジネス現象を説明する「標準理論」として多方面で使われている。先述した買収プレミアムの第1の理論が、まさにそれだ。

 入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。 2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。 著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
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 垂直統合、アウトソーシング、アライアンス、スタートアップ企業の国際化、ビジネス契約書のあり方などを理解する上で、いまでも圧倒的に重要なのは第7章で紹介する「取引費用理論」だ。そして、同理論の始祖といえるロナルド・コースが論文を発表したのは、なんと1937年だ。

 ソーシャルネットワーク理論の白眉といえる第25章の「『弱いつながりの強さ』理論」は、スタンフォード大学のマーク・グラノヴェッターが1973年に発表した論文で提示された。そしてそれから約半世紀後の現在、この理論を活用しているのは、フェイスブックのデータアナリストである。

 第27章で解説するソーシャルキャピタルは、1988年にシカゴ大学のジェームズ・コールマンが提示したものだ。この理論は、現在世界的な潮流となっているグラミン銀行などの「ソーシャルファイナンス」分野の説明に使われる。何よりこの理論は、ブロックチェーン技術の本質をとらえている。筆者は2018年にブロックチェーンに関する講演を行ったが、そこで活用したのはソーシャルキャピタル理論だ。

 いったいどこが「経営学は後追いの学問」なのだろうか。何十年も前に確立されている経営理論が、いまだに現在の先端のビジネス事象を次々と説明する主要理論として使われているのだ。

経営学が後追いだという批判は現象ドリブンにとらわれている

 もうおわかりと思うが、「経営学は後追い」という批判は、従来の現象ドリブンにとらわれているから出てくるのだ。たしかに「現象としてのビジネス」は、新しいものが次々と出てくる。それらには流行りすたりがある。いま流行のクラウドソーシングやSNSも、そのうちなくなって新しい現象が出てくるのかもしれない。

 しかし、理論は古びない。理論は、組織と人間の行動・意思決定の本質を、根本原理から説明し、そこにwhyの思考の軸を与えるからだ。ビジネス事象が時代とともに変わっても、それを行うのはいつも人間と組織だ。だからこそ「理論ドリブン」の考えを身につければ、それはこれから20年、30年にわたって「理論と現象の知の往復」をするための思考の軸になるのだ。おそらく、本書で紹介する経営理論の多くは、我々が死ぬまでの間は古びないだろう。

 このように、(1)ビジネスパーソンに説明の軸を与え、説得性を高めて行動につなげ、(2)汎用性が高く無数の事象に応用でき、そして(3)時代を超えて不変、なのが世界標準の経営理論なのだ。だからこそ筆者は、この経営学者の英知の結集である理論の数々を、学者だけの財産として留めておくべきではないと考えている。これからの時代は、ビジネスパーソンにこそ、経営理論を思考の軸とする価値があるのだ。