その5つの特徴は以下のようなものだ。

(1)参考文献や引用の羅列は、理論ではない
 研究論文では自説を強調するために、「この現象は、有名な~理論で説明できる」などと書くことがある。しかしこれはただの文献の参照であり、現象のメカニズムについて論理的な説明がされていない。すなわちwhyに応えていないから、理論ではない。

(2)データを記述しただけでは、理論ではない
 例えば、「日本の上場企業の6%が女性を社外取締役として登用している」と述べることは、ある状況をデータで具体的に述べている(whatには応えている)が、howやwhyには応えていない。したがって理論ではない。

(3)概念の説明は、理論ではない
 経営学では「競争優位」「ソーシャルキャピタル」などの概念(constructという)が頻繁に使われる。しかし「競争優位とは何か」をいくら明確に定義しても、それはwhatに応えているだけである。例えば「どのような要因が競争優位を高めるか」(how)、「それはなぜか」(why)などに応えていなければ、理論ではない。

(4)図表は、理論ではない
 例えば、コンサルタントなどがよく使う「2×2の4分割図」などは、事象や概念を整理するだけで(整理という意味では意義があるが)、whyやhowには応えていない。

(5)命題や仮説だけでは、理論でない
 理論分析を行うと、その結果として「経営の真理法則かもしれない」概念と概念の因果関係が導かれる。これを命題(proposition)あるいは理論仮説(theoretical hypothesis)という。経営学の実証研究では、この命題が普遍的に多くの企業・個人に当てはまるかを、統計分析などを使って検証する。しかしこれは「X→Y」の関係(how)を示しただけであり、「なぜそういえるのか」(why)まで説明されなければ、それだけでは完成した理論ではない。

 ちなみにこれらのポイントは、経営学の論文を書く学生、あるいはビジネスの研究報告書を書かれる方にも、ぜひご理解いただきたい。なぜなら筆者のこれまでの経験では、多くの学生論文やビジネス研究レポートで、上記のような「理論でないもの」が堂々と「~理論」と称されているからだ。

 そして、このサットン論文の基準を当てはめると、ビジネス本で紹介されるフレームワークが、ほぼすべて理論でないことがわかるだろう。例えば「企業の強み・弱み、事業環境の脅威・機会」を「2×2の4分割図」で表すSWOTは(4)に該当する。SWOTは経営環境を整理するという意味で、whatには応えてくれるかもしれない。BCGマトリックスも同様だ。しかし、「脅威にさらされた企業は、結果どうなるのか」「なぜ、それが弱みといえるのか」といった本質的な問いには応えてくれない。how、when、whyに論理的・整合的に応えてくれない限り、それは理論ではないのだ。

経営学が実務に貢献するルートは2つ

 とはいえ、フレームワークの一部が「経営理論から落とし込まれる」ことで生み出されてきたのも事実だ(ただし、ごく一部である)。図表1をご覧いただきたい。これは、「経営理論」「フレームワーク」「現実の経営分析・意思決定」の関係をまとめたものである。図が示すように、経営学の知見は、実際のビジネスパーソンに、2つのルートから貢献しうる。

経営理論

(図表1)拡大画像表示

 その出発点は、いずれも理論だ。世界の主要ビジネススクールの教授の大部分は博士号を持った経営学者であり、彼らの仕事は研究を通じて「経営学の知」を発展させることにある。その大きな成果の一つが、経営理論だ。本文で述べたように、世界標準の経営学では科学性が重視されている。科学の目的とは、分野を問わず「真理の探究」にある。社会科学の一分野である経営学でも、学者は「ビジネスの真理法則」を探求しようとしている。そのために他の科学分野と同様に、理論が生み出され、それが実証研究を通じて検証される。

 しかし理論そのものは抽象的で、実務で使いやすいとは限らない。だからMBAなどの実践向けのために、理論を使いやすいフレームワークに落とし込む場合がある。これが「第1ルート」だ。その代表例が、ポーターの『競争の戦略』で紹介される「ファイブ・フォース」「ジェネリック戦略」だ。同書は経営学の「SCP理論」をフレームワークに落とし込んで紹介したことで、世界的ベストセラーとなった。本書でもこの理由で、第2章でポーターのフレームワークだけは紹介する。

 しかしこの第1ルートは、残念ながらポーター以降、ほぼまったく発展していない。学者が生み出してきた理論の数に比べて、そこから「フレームワークまで落とし込まれた理論」の数は圧倒的に少なく、ごくごく一部であるのが現状だ。なぜなら、特に欧米の経営学界では基本的に「学術論文」を書かないと出世できないので、実務家のために理論をフレームワーク化するような「実務論文」を書くインセンティブが学者に乏しいからだ(※2)

※2 余談だが、ポーターはその意味で極めて例外的といえる。実はポーターは約40年の学者キャリアのなかで学術業績(=査読論文)の数はわずか7本しかない。これは欧米のトップ経営学者のなかでも例外的に少ない。「イノベーションのジレンマ」で高名なクレイトン・クリステンセンも学術業績は多くない。これは、ポーター、クリステンセンのように「学術業績が少なくても、書籍などを通じて実業界へ貢献する」ことを評価軸に組み込んでいるハーバード・ビジネススクールの特殊性が、大きく影響している(他の主要大学はそうなっていない)。残念ながら大部分の経営学者はポーターではないし、ハーバードにいるわけでもないので、フレームワークへの落とし込みに関心がない。筆者は、「経営学の知」を発展させるために査読論文による学者の研究競争は絶対に必要だ、という立場を取っている。しかし、他方でフレームワークへの落とし込みが乏しいのは、現在の学術研究だけを重んじる経営学の課題だとも考えている。