橘玲の日々刻々 2019年12月19日

イギリス社会は「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」により
「7つの階級」に分かれていて、最下層を蔑視する中流層が存在する
【橘玲の日々刻々】

『7つの階級 英国階級調査報告』(東洋経済新報社)は、社会学者マイク・サヴィジらがBBC(英国放送協会)の協力を得て実施した階級についての大規模調査Great British Class Survey :GBCS)の結果をまとめたものだ。原題は“Social Class in the 21st Century(21世紀の社会階級)”。

 本書の主張を簡明に述べるなら、イギリス社会は「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」によって階級化されているということになる。私は『幸福の「資本論」』(ダイヤモンド社)で、幸福の土台(インフラストラクチャー)を「金融資本Financial Capital」「人的資本Human Capital」「社会資本Social Capital」で説明した。サヴィッジの「経済資本」は「金融資本」に、「社会関係資本」は「社会資本」に相当するが、「人的資本」の代わり「文化資本」が階級を決める重要な要素として取り上げられている。

 これはもちろんどちらが正しいということではないが、なぜこのようなちがいが生じるのか、よい機会なのですこし私見を述べてみたい。

「富の山が高くなれば、麓から頂上を目指すのが困難になる」

 経済学でいう人的資本は労働市場における富の獲得能力であり、それは所得によって示される。イギリスでも所得の分布は二極化していて、「所得上位10%の収入は下位10%の約17倍であり、上位1%の所得が下位の約124倍である」というデータが示される。だがそれにもかかわらず、サヴィッジは「所得は主要な経済資本ですらない。富裕層では特にそうだ」と述べる。

 その根拠は、過去30年間の社会全体の富=経済資本の蓄積が莫大だからだ。貯蓄・住宅・家財・貴金属などの個人資産の総額は、1980年の2兆ポンド(約270兆円)から2005年にはインフレを考慮しても3倍の6兆ポンド(約810兆円)相当になった。対GDP比の総資産の割合も、同じ25年間で300%未満から500%超へと約2倍になっている。その結果、人口約6500万人のイギリスにはミリオネア(純資産で100万ドル超)が200万人もいるという。イギリスの世帯数は約2600万だから、ミリオネアを世帯主とするならば、およそ13世帯に1世帯が億万長者の家に暮らしていることになる。

 社会全体の経済資本=純資産を、サヴィッジは「富の山」と形容する。この数十年でイギリス社会の富の山は大きく成長し、その結果、上位1%の富裕層の1人あたり平均資産は1976年の70万ポンド(約9450万円)から、2005年にはインフレ調整後でも3倍の223万ポンド(約3億円)に膨れ上がった。それに比べて下位50%のひとびとの平均資産は5000ポンド(約68万円)から1万3000ポンド(約176万円)になったにすぎないという。

 まさに「1%vs99%」の構図に見えるが、ここには数字のマジックがある。ちょっと計算すればわかることだが、イギリスの上位1%の資産は1976年には下位50%の140倍で、それが30年後の2005年には172倍になった。上位1%の資産が30年間で3.2倍に増え、下位50%の資産は2.6倍に増えた、といっても同じだ。高齢化によって資産格差は広がるから、それを考慮すれば、この程度のちがいを「許しがたい不平等」と見なすかどうかは意見が分かれるだろう。

 資産3億円(上位1%)と資産176万円(下位50%)ではとてつもない格差に思えるが、これは絶対値を比較しているからだ。100円が倍になれば200円で、100万円が倍になれば200万円だ。富裕層と貧困層が「平等」に富を増やしても、絶対額の差は開いていく。社会全体がゆたかになれば、「グローバル資本主義の陰謀」などなくても(絶対額での)格差は自然に拡大していくのだ。

 本書で説得力があるのは、「富の山が高くなれば、麓から頂上を目指すのが困難になる」との主張だ。山頂までの距離がさほど遠くなければ、努力すれば自分でもたどりつけると思えるだろう。だが「富の山」がエベレストのようにそびえたっているのなら、ほとんどのひとは登山そのものをあきらめてしまうにちがいない。これが欧米や日本などのゆたかな先進国で「格差」が社会問題になるひとつの理由だろう。

人的資本を「経済資本」や「社会関係資本」のなかに“隠蔽”しているのではないか

 日本と同じくイギリスでも、富の形成に親からの援助の有無の重要性が増している。「欧米では子どもは成人すれば親とは別人格」とされてきたが、いまやイギリスの親の29%(およそ3人に1人)が別居している子どもに経済的援助しており、子育て(孫育て)で家計が苦しくなる45歳から54歳の子どもに限れば、親からの援助を受けている割合は45%(およそ2人に1人)にのぼるという。

 これは興味深い指摘だが、それを根拠に「人的資本=所得の格差を考慮する必要はなくなった」とするサヴィッジの主張には異論がある。

 単純な事実として、資産とは日々の所得から生活経費を差し引いた「純利益」を蓄積し、金融市場や不動産市場で運用した結果だ。大きな人的資本があれば純利益も増え、長期的には富は拡大していく。

 親からの援助についても話は同じだ。子どもに経済援助できるほどゆたかなのは、親が人的資本を使って資産形成に成功したからだろう。経済格差は、大きな人的資本を持つ富裕な親から、同じように大きな人的資本を持つ子どもへと資産が受け渡されることで拡大していく。そのように考えれば、親からの贈与は人的資本の重要さを示しているともいえる。

 サヴィッジは、フランスの経済学者トマ・ピケティ(『21世紀の資本』)の議論を受けて、「経済資本は(所得の差ではなく)、長期にわたる蓄積の結晶としてのみ理解できる」と述べる。だが、ピケティのいうように「資本から得られる収益率が経済成長率を上回っている」としても、それは「人的資本には意味がない」との主張を正当化できない。サヴィッジは、「結果(経済資本)だけを比較すれば原因(人的資本)はどうでもいい」と述べているように私には思える。

 リベラルな社会においては、人種、性別、国籍、身分、性的志向などで個人を評価することは禁じられる。従業員の評価・選別の基準として許容されるのは「学歴・資格・経験(実績)」だけで、これが人的資本を構成する。日本でも最近ようやく(一部で)理解されるようになったが、メリトクラシー(能力主義)は「差別のない社会」の前提なのだ。

 サヴィッジは、人的資本の主要な要素のひとつである学歴を「社会関係資本」に含め、「教育レベルが高いほど、エリートグループや専門職グループの知人がいる割合も大きくなる」「どの職業グループにも知人がいない「学歴なし」の人々は著しく孤立している」と述べている。私の理解では、これは大きな人的資本が金融資本を生み出すと同時に、社会資本(人的ネットワーク)もつくり出すからだ。

 本書では「大学間の格差――高等教育と能力主義」の章で、教育格差が社会階層に結びつく構図が分析される。イギリスではオックスフォード、ケンブリッジ、ロンドンの3つの大学とそのカレッジが「黄金の三角」と呼ばれ、その卒業生が社会の支配層を形成している。なぜ一流大学の卒業生が、政治家・官僚・企業幹部として社会的・経済的に成功しているのか。それは大学のブランドによって高い知能=大きな人的資本を保証されているからであり、同じように大きな人的資本を持つ友人・知人とネットワーク(人脈)をつくるからだろう。だがここでもサヴィッジは、結果(教育レベルが高いとエリートの人脈ができる)だけを論じて、その原因(エリートは大きな人的資本を持っている)を無視しているように思える。

 私がこのことにこだわるのは、幸福の「3つの資本」のなかでは、人的資本こそがもっとも重要だと考えるからだ。親の遺産で暮らしているがずっと失業している若者(大きな経済資本がある)と、大学を卒業したばかりで貯金はまったくないものの、グローバル企業に高給で採用された若者(大きな人的資本がある)で、「経済資本が重要なのだから前者の方が恵まれている」と考えるひとはいないだろう。だとしたらなぜ、こんな当たり前のことを考慮しないのか。

 私は、これは意図的なものではないかと疑っている。格差の議論に人的資本を持ち込むと、それは能力=知能の格差へとつながっていく。これはリベラルな社会では「政治的に正しくない(PCでない)」とされているため、人的資本を「経済資本」や「社会関係資本」のなかに“隠蔽”しているのではないだろうか。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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