橘玲の日々刻々 2019年12月19日

イギリス社会は「経済資本」「文化資本」「社会関係資本」により
「7つの階級」に分かれていて、最下層を蔑視する中流層が存在する
【橘玲の日々刻々】

イギリス社会は階級によって分断されている

 「文化」が階級と結びついていると論じたのはフランスの社会学者ピエール・ブルデューで、上流階級は大きな文化資本Cultural Capitalを持っており、それによって社会的な権力・権利にアクセスできるとした。これがイギリスの階級分析に大きな影響を与えたのは、革命によって身分制が一掃されたフランスとは異なり、いまだに王族・貴族のいる古い社会構造が温存されているからだろう。

 サヴィッジはブルデューの議論を引き継いで、「高尚な文化資本」が階級の決定にいまも大きな影響を与えているとする。博物館に行ったりオペラを鑑賞したりするのが上流階級で、そうした「高尚なもの」になんの関心もなく、ソープオペラ(メロドラマ)やリアリティTVに夢中になっているのが下層階級というわけだ。

 これだけなら話はシンプルだが、それ以外に「新興の文化資本」があるとされる。オックスブリッジを卒業したエリートの若者たちも、いまでは正装でオペラを観に行ったりしない。その代わり彼ら/彼女たちは、アジアやアフリカ、中南米を旅したり、音楽フェスティバルに参加したり、現代アートやインディペンデント映画を楽しんだりする。

 イギリスの上流の若者たちの価値観はアメリカの若いエリートと同じで、おそらく日本の若者とも共通するだろう。「ポップ」や「クール」はグローバル化し、世界共通になっているのだ。

 欧米の上流社会では、アートとワイン(あとは西洋史と建築、クラシック)について語れることが「マウンティング」の手段になっている。だが「高尚な文化」が階級を形成するほど大きな影響力を持つのは、イギリスに特有の現象ではないだろうか。すくなくとも日本では、相手の文化資本(クラシックが好きか、ロックが好きか)を「階級」と結びつけるひとはほとんどいないだろう。

 よく知られているように、イギリス英語には「U」と「non-U」の区別がある。UはUpper Class(上流階級)の略で、王室やオックスブリッジで話される英語だ。それに対して「non-U」はコックニー(下町訛り)など、労働者階級が話す英語だとされる。

 日本にも方言があるがこれは「地方の言葉」で、上京した若者は(関西弁を例外として)みな標準語(東京弁)を話すようになる。なぜならその方が有利(便利)だからだ。それに対してイギリスでは、「階級(クラス)」によって異なる言葉が話されている。なぜイギリスの労働者階級は、上流階級の英語を話すようにならないのだろうか?

 これは、アメリカの黒人が独特の「黒人英語」を話すのと同じで、言葉がアイデンティティになっているからだろう。アメリカ社会が人種(白人/黒人)で分断されているように、イギリス社会は階級(上流・中流階級/労働者階級)によって分断されているのだ。

 このような社会だからこそ、イギリスでは「文化資本」によって自分がどの階級に属しているかを示すことが重要になる。「階級の概念そのものが、自我、人格に対して根本的な脅威を引き起こす」とされるイギリスが特異なのだ。

 日本で文化資本が階級と結びつかない理由は、「高尚な文化(ハイカルチャー)」が輸入品だということもあるかもしれない。「高尚な文化」とは、ルネサンス以降のヨーロッパで生まれたもののことだ。

 日本でもクラシックやオペラのコンサートに通うひとがいるが、それは「階級」を示す指標ではなく、たんに「西洋文化が好き」と思われるだけだ。かといって歌舞伎や能・狂言がハイカルチャーと見なされるわけではなく、アニメやマンガ、ゲームなどのサブカルチャーと等価に扱われている(これは日本のサブカルチャーが、「ジャパン・ポップカルチャー」として(欧米)世界で広く受け入れられたことの影響だろう)。このような国に住む私たちが、階級社会イギリスの「文化資本」を理解することは困難だ。

 断っておくと、私は「高尚な文化」を理解するイギリスの方が優れていると考えているわけではない。すべての文化が「サブカル化」して等価になった日本の方が、リベラル化・世俗化する世界のこれからの姿を示しているのではないだろうか。

「階級」があいまいになり大多数の中流層がアイデンティティに不安を感じている

『7つの階級』では、イギリス社会を「エリート」「確立した中流階級」「技術系中流階級」「新富裕労働者」「伝統的労働者階級」「新興サービス労働者」「プレカリアート」の7つに分けている。だがそのなかで階級(クラス)がはっきりしているのは最上層のエリートと最下層のプレカリアートだけで、残る5つの階級は流動的で、上下関係がはっきりしているわけでもないという。

 エリート(上級国民)は「富が富を生むひとたち」、プレカリアート(下級国民)は「社会的・経済的に排除されたひとたち」のことだ。彼らは「スカム(くず)」「チャヴ」などと呼ばれている。

 イギリスのメディアでは、「ポバティ(貧困)ポルノ」と呼ばれる記事や番組が大量につくられている。ポバティポルノとは「貧困層の一部の人々の素行がどれだけ悪いかを興味本位に暴きたてる」もので、日本の「ナマポ(生活保護受給者)批判」をより大規模に、えげつなくしたものと考えればいいだろう。

 そこで描かれるのは、イギリス社会には「奴隷のようにあくせく働く人」と「うまくサボる人」がいるという世界観だ。「収入の一部、あるいはすべてを福祉手当に頼っている人々は、自分の「ライフスタイルの選択」として給付に過度に依存しているとする理解が一般化し、福祉手当受給者がドラッグや酒に浸り、いつも楽しく過ごすという安楽な生活を送るために、納税者の必死で働いて納めた税金が使われていると多くの人が考えている」とサヴィジはいう。

 なぜこんなことになったのか。それは皮肉なことに、かつてあった明確な「階級」があいまいになったからだ。

 イギリスでは「階級」がひとびとにアイデンティティを与え、それによって社会を安定させてきた。上流階級はイギリスを支配していたが、労働者階級も自分たちの生き方や働き方に誇りを持ち、「人間」として上流階級と対等だと思っていたのだ。

 だが階級を形成していた文化的、社会的な壁が失われ、社会が流動化したことで、大多数の中流層がアイデンティティに不安を感じるようになった。こうして、最下層のプレカリアートを蔑視・排除することで「中流」のアイデンティティを取り戻そうとしたのだとサヴィジはいう。これは、黒人(有色人種)を差別・排除することで「白人」としてのアイデンティティを守ろうとするアメリカの「白人至上主義者」の心理と同じだろう。

 問題を複雑にするのは、階級を否定し「みんな普通のひとたち」とするリベラルな態度が、プレカリアートをさらに追い詰めていることだ。なぜなら、「「みんな同じで上も下もない」という、普通について広く受け入れられている考え方は、最も不運な人も含めて、すべての人が自分の立場に責任を持つべきであるという意味に及び始めた」からだ。

 スコットランドの貧困地区で生まれ育った(白人)ラッパーのダレン・マクガーヴェイは、貧困問題を取り上げるときに自分たちにとって気分のいい物語だけを求めるリベラルの態度を、アフリカの野生動物を観光するサファリに例えて「ポバティサファリ」と批判した(『ポバティー・サファリ イギリス最下層の怒り』集英社)。

 左派は「新経済体制の創出、エリートの打倒、公共支出の拡大」あるいは「西洋社会で互いに重なり合い結びついて存在するさまざまな構造的抑圧や、資本主義に内在する象徴的暴力」についてきわめて雄弁に語る。だがその一方で、徹底的に避けられる話題は「自己責任」だ。

 その結果、「個人の役割と責任という考えは右派が独占している」とマクガーヴェイは嘆く。「自分たちの選択に一定の責任があると認めることで、ようやく多くの人は心の問題、身体的な病気、依存症から回復できる」にもかかわらず。

『7つの階級』と合わせて読むと、イギリス社会で何が起きており、確実にやってくる日本の未来がどうなるのかが理解できるだろう。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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