花王は創業以来132年の長寿企業でありながら、過去最高益を6期連続で更新。増配記録は29期連続という日本一の実績を誇る好業績企業だ。しかし、そこには常に〝優良大企業ゆえの罠〟が忍び寄る。安定志向が生む危機感の欠如、社会や時代の変化に対する感性の鈍麻だ。その罠に陥らないために、「よきモノづくり」を「絶えざる革新」と「正道を歩む」ことで追求する「花王ウェイ」(企業理念)を掲げ、細心の注意と努力を払ってきた。そのことが日本での勝ちパターンを築き上げてきたといえる。だがグローバル化の進展に伴い、これまでの「殻」を破って世界での勝ちパターンをいかに築き上げるかという、大きな課題に直面している。

 2012年に社長に就任した澤田道隆氏が取り組んできた改革は、同社の中興の祖・丸田芳郎氏による経営の原点に立ち返ったうえで、21世紀に適合した花王の経営基盤を確立することだった。それは2つのイノベーション、つまり「画期的な技術革新」と「グローバルな販売革新」(各国のローカルな生活事情に適応したグローバルな打ち手)によって形づくられていく。

 技術革新では、「バイオIOS」や「ファインファイバー」などの画期的なイノベーションが製品開発に結び付き、前者は「アタックZERO」として今年(2019年)4月に販売を開始、後者は同年12月に商品化を果たした。ともに大型商品化が期待されているが、長年の基礎研究(同社では「本質研究」と称している)から生まれたものであり、これらの技術が持つ可能性の第1弾を商品化したにすぎない。

 販売革新においても、世界で戦うための体制づくりが進められている。その扇の要となるのが、理念やビジョンの共有だ。それがどこまで国内外の社員に浸透しているかが問われるグローバル時代において、澤田氏は「求心力」の重要性に早くから着眼し、それを高める施策にも取り組んできた。今後はこの求心力を軸に、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やユニリーバ、ロレアルといった巨大で手ごわい世界のライバルたちにどう対峙し、どのように戦っていくのか。

 さらには、スピードとオープンネットワークによる「協創」が重要となるこの時代において、同社の独自性と高収益を支えてきた「自前主義」(研究開発・原料・製造・物流・販売などを自社で行う)を、どう変革していくのかも見逃せない。画期的な技術革新を契機にグローバルでの存在感を高め、変化を先導する企業となっていくためには、「カギを握るのはESG(環境・社会・ガバナンス)経営だ」と澤田氏は断言する。その真意を語ってもらった。

次の未来のための
経営基盤を構築する

――編集部(以下同):「ESG経営に大きく舵を切る」と宣言(注1)?されました。ESGを花王グループの隅々まで実装させる。そうでないと次の未来は拓けない。そんな覚悟を感じました。この決意の背景には、バイオIOS(注2)のような「本質研究」による技術イノベーションがあったこと。さらに澤田さんがいつもおっしゃっている「技術の表と裏を考える」こと。これらが、社員に浸透してきたという手応えもあったからではないでしょうか。

注1)2019年9月26日、本社にて「花王グループESG戦略発表会」を開催。同年4月に掲げたESG戦略「Kirei Lifestyle Plan」の具体的施策を発表した。注2)バイオIOSは、10年以上の歳月を費やして開発した洗浄分野の技術イノベーション。界面活性剤の分子構造を組み替えるなど、独自技術を組み合わせて画期的な機能を実現。その応用第1弾が、2019年4月に発売されたアタックZERO。アブラヤシの搾りカスを原材料に、汚れゼロ、匂いゼロ、洗剤残りゼロを実現したサステナブルな製品。同社は「花王史上最高の液体洗剤」と謳っている。

ESGを経営戦略の<br />ど真ん中に据える 【前編】
花王 代表取締役社長執行役員 
澤田 道隆 
MICHITAKA SAWADA
1955年生まれ。1981年大阪大学大学院工学研究科プロセス工学専攻修士課程修了後、花王石鹸(現花王)に入社。長年、研究開発に従事。2003年サニタリー研究所長、2006年研究開発部門副統括、2007年ヒューマンヘルスケア研究センター長、2008年取締役執行役員を経て、2012年6月に代表取締役社長執行役員(現職)に就任。サニタリー研究所長時代には、同社の主力商品であるベビー用紙おむつ「メリーズ」の再生を指揮し、シェア回復をした実績を持つ。社長就任後は、長期的な経営視点を取り入れ、積極的な投資をベースにした「脱デフレ型成長モデル」を実践。さらには、コンパクトで多様性のある取締役会を中心とした「ガバナンス改革」も断行。同社の体質を変え、毎年過去最高益を更新し続けている。そして2019年、次の未来のための経営基盤構築の最終段階として、「ESG経営」を宣言。ESGを経営戦略のど真ん中に据えることで、花王の殻を破り、グローバルで存在感のある会社へと進化させるための取り組みを推進している。

澤田(以下略):そうですね。ただ、いきなり宣言したわけではなくて、社長になった時からいろいろと考えてきたことの一つの到達点でもあるのです。

 まず花王グループとして、きちんと社会に役に立つことが大きな目的としてあります。そのためには、利益ある成長をして会社を回していかないと、目的を達成することはできません。ですから社長就任当初から、2020年、2030年、さらにその先を見据えた時に、自分がやるべきことは「次の未来のための経営基盤」を構築することだと考えたのです。

 花王グループは、非常に素晴らしい先輩たちの努力によって着実に成長してきました。ただしこれまでは、中長期の計画をグループメンバー全員の旗印にはしてこなかった。ですが、この複雑で難しい時代においては長期的な視点が不可欠であり、グループ全体のグランドデザインを描いたうえで、メンバーと一緒に知恵と力を結集する「求心力」がより重要になる、私はそう見ていました。それゆえ、トップがある方向性を明示した時にグループ全員がどういう形でまとまることができるか、それを一度試してみたかったのです。

 そこで2012年に私が社長に就任した時、最初のトライアルを行いました。それは、10年先までの長期のグランドデザインを描き、それを踏まえて、2013~2015年度の中期経営計画「K15」を掲げたこと。その計画を3年間やってみた結果、業績が非常によかっただけでなく、メンバーたちから「自分たちが何をやればいいかが、とてもわかりやすくなった」という声が多く聞こえてきたのです。このトライアルに、十分な手応えを感じることができました。