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12月12日に発売し、度重なる増刷が続く入山章栄氏の最新刊『世界標準の経営理論』。本書は800ページを超える大作となっているが、初めから読む必要はない。ビジネスパーソンであれば、現実に起こっている事象を深く理解し、推進するために利用できる理論から読めば良い。学生であれば課題を見つけたら都度、キーワードで本書の索引をたどってもらいたい。本書はビジネスに関わる全ての人が、思考を深化するために辞書のように利用できる、数少ない書籍である。

著者は、いま日本の企業にもっとも必要な理論のひとつとして「センスメイキング理論」を掲げる。センスメイキング理論とは、「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論」だ。3回にわたって、なぜ日本の企業にいま必要なのかを解説する。

「未来はつくり出せる」は、けっして妄想ではない

 入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。 三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。 2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。 著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
(Photo:Aiko Suzuki)

 センスメイキングこそが、いま求められている。

 ある時、ハンガリー軍の偵察部隊がアルプス山脈の雪山で、猛吹雪に見舞われ遭難した。彼らは吹雪の中でなす術なく、テントの中で死の恐怖におののいていた。その時偶然にも、隊員の一人がポケットから地図を見つけた。彼らは地図を見て落ち着きを取り戻し、「これで帰れるはずだ」と下山を決意する。彼らはテントを飛び出し、猛吹雪の中、地図を手におおまかの方向を見極めながら進んだ。そしてついに、無事に雪山を下りることに成功したのだ。しかし、そこで戻ってきた隊員が握りしめていた地図を取り上げた上官は、驚いた。彼らの見ていた地図はアルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。(筆者意訳※1)

 本章は、ミクロ心理学ディシプリン編の締めくくりとして「センスメイキング理論」(sensemaking)を取り上げる(※2)。筆者は2013年に米国から日本に帰国して以来、数多くの経営者やビジネスパーソンと交流してきた。その経験を通して、「現在の日本の大手・中堅企業に最も欠けており、最も必要なのがこのセンスメイキングである」と考えている。その意味でも、ぜひ多くの方に本章に目を通していただきたい。

センスメイキングの本質は「納得」「腹落ち」

 センスメイキングを生み出し発展させてきた中心人物は、ミシガン大学の世界的な組織心理学者カール・ワイクだ。ワイクと、彼の考えに共鳴する組織心理学者が生み出す諸理論は、独自の立場から経営学に多大な影響を与えてきた。

 ワイクはそのキャリアで様々な理論を提示しており、それらは密接に関連している(※3)。なかでもセンスメイキングは、世界の経営学・組織心理学で、極めて重要な存在である。ブリティッシュコロンビア大学のサリー・マイトリスらが2014年に『アカデミー・オブ・マネジメント・アナルズ』(AMA)に発表した論文によると、これまでに経営学の4000以上の学術論文でsensemakingという単語が使われている(※4)

 センスメイキングはいまだ発展中で、その定義自体も多様だ。しかし筆者の理解では、その本質をよくとらえた日本語がある。それは「納得」であり、さらに平たく表現すれば「腹落ち」である。センスメイキング理論は、「腹落ち」の理論なのだ。より厳密には、「組織のメンバーや周囲のステークホルダーが、事象の意味について納得(腹落ち)し、それを集約させるプロセスをとらえる理論」と考えていただきたい。その象徴的な事例が、ワイクも引き合いに出す冒頭のハンガリー偵察部隊のくだりである。この意味合いは、本章を読み進めれば理解いただけるはずだ。

(※1)_Weick, K. E. 2005. “Managing the Unexpected: Complexity as Distributed Sensemaking,” In R. R. McDaniel Jr. and D. J. Driebe (Eds.), Uncertainty and Surprise in Complex Systems: Questions on Working with the Unexpected (pp. 51-65), Springer-Verlag.

(※2)_センスメイキングのエポック・メーキングな著作は、ワイクによるSensemaking in Organizations, SAGE Publications, 1995.(邦訳『センスメーキング・イン・オーガニゼーションズ』文眞堂、2001年)である。ワイクの生み出した理論、およびセンスメイキングについては様々なレビュー論文があるが、最近のレビューとしてMaitlis,S. & Christianson, M. 2014. “Sensemaking in Organizations: Taking Stock and Moving Forward,” Academy of Management Annals, Vol. 8, pp.57-125. を推薦したい。なお、ワイク自身は、センスメイキングはあくまで「視点」(perspective)の一つで、これが理論(theory)とはとらえていないようだ。一方で、センスメイキングを理論と取り扱う学者もいるので、ここではセンスメイキング理論という表記を使う。

(※3)_センスメイキング以外にワイクが提示した主要な理論・視点には、「ルース・カップリング」(loose-coupling)、「コレクティブ・マインドフルネス」(collective-mindfulness)などがある。これらもセンスメイキングと深く関連するが、本章はセンスメイキングに焦点を絞る。

(※4)※2を参照。