──前々回の記事:センスメイキング理論が、いま求められている(連載第6回)
──前回の記事:リーダーはセンスメイキング理論を理解してストーリーを語れ(連載第7回)
「イナクトメント」とは何か
ここからは、図表2のプロセス(3)に入ろう。「行動・行為」のプロセスである。
組織は、解釈の足並みを揃えて、実際の「行動」に出る。前回記事の図表1で示したように相対主義では、主体(組織)は客体と分離できないから、組織は行動して環境に働きかけることで、環境への認識を変えることができる。
したがって、センスメイキング理論では「行動」が重要になる。それどころか、実は同理論では、行動を循環プロセスの出発点としてとらえている。
多義的な世界では、「何となくの方向性」でまず行動を起こし、環境に働きかけることで、新しい情報を感知する必要がある。そうすれば、その認識された環境に関する解釈の足並みをさらに揃えることができる。このように、環境に行動をもって働きかけることを、イナクトメント(enactment)という。
行動して初めてセンスメイキング=「納得」に至る
例えば、ある森を初めて探検する人が、いくら入り口の前で森の中の状況を推測しても、自分が何に遭遇するかはわからない。探検者は、実際に森に飛び込むことで初めて、道に迷うなり、熊に遭遇するなり、泉を見つけるなり、何かの事態に出会う。そして道に迷ったり、熊に遭遇した時、探検者はその予想外な事態の瞬間に、冷静な現状分析をする余裕はない。むしろ、必死の行動から逃げ切って森を抜け出た後になって、「ああ、あれはこういう事態だったのだな」と納得(センスメイキング)するのである。これを、レトロスペクティブ・センスメイキング(retrospective sensemaking)という。
ポイントは、道に迷ったにせよ、熊に襲われたにせよ、その事態はその人が探検を始め、特定の方向に進んだ(森という環境に働きかけて、センスメイキングした)から実現したことだ。イナクトメントしなければ環境は変わらないし、センスメイキングもできない。まずは行動をすることで、人はさらにセンスメイキングを続けられるのだ。
センスメイキングがあるから危機を乗り越えられる
このように、センスメイキングは、「予期しなかった事態」「大きく変わる環境」「新しく何かを生み出す状況」に直面した組織に、多大な影響を与える。そして一般に「センスメイキングの高まった組織ほど、極限の事態でも、それを乗り越えやすくなる」ことを、ワイクをはじめ多くの学者が示している。まさに、ハンガリーの偵察隊の例がそれに当たる。
この例では、アルプスで遭難した隊員の一人が「地図を見つけた」ことが、彼らに下山を決意させるきっかけになった(それがピレネーの地図だったにもかかわらず、である)。ここで重要なのは、その地図がアルプスかピレネーか、という「正確性」ではない。隊員たちが、地図を見つけたことで(そしてそれをアルプスの地図と勘違いしたことで)、「これで下山できるし、そうすれば命が助かる」というストーリーを、皆でセンスメイキング(腹落ち・納得)できたことが重要なのだ。だからこそ彼らは、猛吹雪の中、テントを飛び出して歩き始めることができた。吹雪の雪山という環境に、イナクトメントしたのである。
そしていったん下山を始めれば、吹雪の中でも山の傾斜、風向きなどから、少しずつ環境について新しい情報が感知できる。それをもって、彼らは細かいルートの修正をし、地図からはおおまかな方向性だけを何となく頼りにして、自身の環境認識を変えていったのである。「下山できれば、命が助かる」というストーリーに腹落ちしているから、団結は揺るがない。結果、彼らは危機を脱したのである。