橘玲の日々刻々 2020年1月24日

団塊ジュニア世代の男性の貧困問題は
女性の貧困よりももっと悲惨になる橘玲『幸福の「資本」論』×中村淳彦『日本の貧困女子』 ---後編----

世界で起きている「マジョリティの分断」が日本では男女の構図に

中村 日本にはまだ移民問題はないけれど、それが男女の構図に置き換わっているという理解でいいですか?

 そう思います。日本社会では明らかに男性がマジョリティで、だからジェンダー・ギャップ指数が世界121位で、シングルマザーの貧困率も極端に高い。当然、女性が貧困に苦しんでいるのは「社会制度に問題があるからだ」と皆が思うわけです。中村さんがおっしゃったように、少なくとも世間は聞く耳を持ってくれます。ところが働き盛りで健康状態にも問題がない男性が貧しいと「日本は男社会で、成功している男も普通に生活できている男もこんなにたくさんいるのにフリーターやひきこもりになって食べいけないというなら、それは全部あなたがしてきたことの結果でしょう」となる。だから、聞く耳を持ってもらえる女性に対して、彼らの怒りが向くのです。

中村 そうすると、これからますます増える団塊ジュニア世代の男性の貧困問題は、想像を絶するものになるでしょうね。この10年、僕は貧しくて体を売って生きるしかない女性を気の毒だと思って見てきたけれど、これから中年男性を見舞う惨状はあんなものじゃ済まない。どうしてこうなってしまったのか? 日本はどこで道を間違ってしまったんでしょう?

 これは日本のみならず先進国で共通して起きていることですが、世の中が複雑になっているからだと思うんですね。昔のように頑張って勉強して良い大学に入り、どこかの大企業に拾ってもらって40年滅私奉公すれば悠々自適な老後が待っているという、シンプルなライフプランが通用しなくなってきた。「一人一人が自分の考えでやっていかなきゃだめです」なんて言われるけど、そんなことができるのはごく少数しかいません。キレイゴトを言う人は、そういう現実を全然見ないでものを言っているんだと思います。

中村 「これからは個人の時代です。一人一人が個性を生かして自分の好きなことに取り組んで豊かな人生を築いていきましょう」なんて言いますけどね。それで生きていけるなら誰も苦労はないし、好きなことがお金にならなかったらどうすればいいのってなりますね。

 いま日本で起きていることはすべて、世界の大きな潮流の一周遅れです。私はそれを「知識社会化・リベラル化・グローバル化」と呼んでいますが、グローバル資本主義も悪いことばかりではありません。中国やインドを見ればわかるように、90年代には最貧国だった国々が豊かになって膨大な数の中間層が誕生しました。世界的に見れば貧富の格差は縮小し、豊かになっているんです。これまで貧しい国に生まれ、貧しく暮らし、貧しいままに死ぬしかなかった人たちが、美味しいものを食べて、いい服を着て、旅行にも行けるようになった。それはとても素晴らしいことですが、その代償としてこれまで豊かだった先進国のマイノリティがまず犠牲になり、次にマジョリティの側にいた中間層から貧困層に転落する人たちが膨大に現れて社会が分断されてしまった。影響の出方に多少の違いはあっても、先進国で起きている構図はどれも共通しています。

中村 米国のプアホワイトのように、転落した団塊ジュニア世代はホームレスになって街に溢れ、酒やドラッグに溺れてゆきつく先は絶望死ですか。社会的に理解されないために対策はますます遅れて、手遅れになるのは目に見えています。

女性の貧困問題よりも団塊ジュニアの男性の引きこもり&貧困問題の方が悲惨

日本でこれから課題となる「大きな黒い犬問題」

 ホームレスになる前に、日本ではまずひきこもりになるでしょう。評論家の御田寺圭さんは『矛盾社会序説』(イーストプレス)で、「大きくて黒い犬問題」を提起しています。捨てられたペットの殺処分場で引き取り手があるのは白くて小さくてかわいい犬で、最後に残るのは大きくて黒い犬ばかりです。大きくて黒い犬は見て見ぬふりをされる貧困化したマジョリティの象徴で、欧米の場合はホームレスになっていくんですが、日本では家庭が囲い込むからますます社会から見えにくくなっている。

中村 しかし、彼らを囲い込んで世間様から隠してきた親たちが、高齢化でいよいよ世話をしきれなくなるから、やっぱりホームレスになりますね。

 家で隠しきれなくなったらこんどは行政が隠すんじゃないでしょうか。住宅街にホームレスが現れると、市役所に苦情が殺到するそうです。「近所にこういう汚い人間がいるのは迷惑だから、どっか見えないところに連れて行ってくれ」と。それでホームレスの人たちを施設に収容するんですが、監禁はできないからしばらくすると逃げられて、また街に戻って苦情が殺到する。その繰り返しです。

中村 これからは収容するよりも増え続けるホームレスの方が何倍もの数になるので、見ないわけにはいかなくなるでしょう。それでも隠そうとするなら埋立地とか無人島とか、戻れないところに閉じ込めるしかなくなります。

 それはもう「難民キャンプ」と同じですね。社会的には最も同情をされない人たちですから、予算もつきにくいし根本的な対策は後手後手になるでしょう。大きくて黒い犬たちを隠せなくなったあとのことは、まだ誰も考えていないんじゃないでしょうか。

中村 じつは団塊ジュニア世代のほかにも「大きくて黒い犬」になりそうな人たちがいて、それが重病人と痴呆老人です。いま国は「地域包括ケアシステム」というのを進めようとしているのですが、要するに病院や介護施設から要介護者を帰宅させ「地域で面倒を見なさいね」というのです。看病や介護が必要な人を地域に戻して、世話をさせられるのは結局女性じゃないですか。看病や介護のために働けなくなり、収入の機会を奪われてますます貧困に陥る。国はそこで人が死んでも、あくまで家の中でのことだから行政の責任は免れると考えているのでしょうか?

 国としてもこれ以上は医療費負担を増やせないというのは、ある意味仕方のないことではあります。だからとにかく「退院してください」となるんですが、これは政治が悪いというよりは、もうお金が回らなくなってしまったことが原因です。これからますます高齢者は増え、社会保障費は増大の一途にもかかわらず、経済成長や増税で税収を大幅に増やせる見込みはまるでない。消費税を2%上げるのにあれだけ大変だったわけで、少なくともむこう10年は10%のままでしょう。それならとにかく現状を死守しようとなると、1人に割り当てる金額を削るしか方法はありません。

中村 それは理解できるんですけども、結局のところそのしわ寄せがほとんど女性にくるんです。

 難病の夫の看病に困っている女性が知り合いにいて、都内の病院に入院していたのですが、やはり「退院してご自宅で看病してください」と宣告されたそうです。「いまも看護師さんが24時間体制でようやく何とかなっている状態なのに、私一人で看病できるわけがない」とお願いしたそうなのですが、「定期的に看護師が巡回するサービスもありますから」と説得され、最後には「とにかく来月末には出ていってください」と追い出されてしまいました。入院日数が長引くほど保険の点数が下がるし、長期入院患者が多いと厚労省にも目を付けられるからのようです。

中村 介護もそうです。介護保険を受けるには「要介護認定」が必要なのですが、いまこの認定基準を見直す動きがあるんです。たとえば認知症で徘徊したり暴れたりするお年寄りがいますが、この人たちの世話はある意味で寝たきりよりも大変です。ところが検討されている基準だと「立って歩けるんだから介護の必要はなし」とされるんです。これってどうするんですか!? 妻や嫁さんでは面倒が見られないとなったら、今度は「地域コミュニティで」となるんです。

 グローバル資本主義に対抗して「これからはコミュニティの時代だ」と言う人がたくさんいたじゃないですか。それをうまく悪用して「これからはコミュニティの時代ですから、病人やお年寄りもコミュニティで面倒を見て行きましょう」みたいなことが始まったんじゃないでしょうか。「共同体の絆」とか「地域社会で助け合う」とか言われると、なんとなく「たしかにそうだね」ってなりがちですが、要は国の負担を減らして家族や地域に丸投げして負担が増えないようにしたいんです。

中村 その通りです。やたらとコミュニティとか地域社会とかいうインフルエンサーみたいな人っているじゃないですか。そういう人って調べてみると、だいたい財務省や経済産業省と繋がっているんです。

 そうなんですか。少なくとも最初の頃に「コミュニティが大事だ」と言い始めた人には、まったく悪気はなかったと思います。グローバル資本主義が進んで世界がますます残酷になっていくなら、その対極にあるコミュニティや共同体を大事にしようと考えるのは自然です。ところがそれを制度化しようとすると、中村さんが取材されてきたように現実的な問題がどんどん出てくる。そうなったときに人々が何を考えるかといえば「とにかく自分と家族の生活だけは守りたい」です。

中村 それは当然ですよね。

 そう考えた人が具体的に何をするかといえば、資産形成でしょう。「老後に2000万円必要」という報告書が騒動になりましたが、そんなんじゃぜんぜん足りないから最低でも5000万円、できれば1億円貯めたいと思ってガムシャラに働く。これはもちろん厳しく大変ですが、だからこそ成功した人たちは「俺はこんなに努力したのに、それを助け合いだなんだと言って努力しなかったヤツらに分配するようなことは許さない」となるわけです。その結果、社会はどんどんギスギスして、格差が拡大していくんだと思います。

中村 横浜市の寿町を取材したとき、近い将来の日本を姿を見た気がしました。生活保護受給者の人たちが集まっている地域ですが、住民サービスが極端に削られている。他の地区では週4回のごみ収集が、週1回だけしか来ないとか。でも、ほぼ全員が生活保護受給者で貧富の格差がない中で、人々はそれなりに幸せに暮らしているように見えました。でも、そういう人たちが隣接した地区に出てしまうと、橘さんがおっしゃっていたように行政に苦情が殺到するのですね。だから最終的には生活保護受給者は埋立地や無人島のような隔離された地域に集められるんじゃないかと思います。この10-15年で貧困に転落した人が介護業界に集められたのは事実ですから、こんどは重病人や認知症の高齢者といった「大きくて黒い犬」をそうした地域に一緒に隔離するのです。「地域包括ケアシステム」が目指しているのはそういうことかと。

 なるほど。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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