すべては完全競争から始まる

 SCPは経済学を基盤に持つ。したがって「経営学のSCP」を理解するにも、経済学の基礎からアプローチするのが近道だ。経済学と聞くと複雑な数式をイメージして、抵抗感のある方もいるかもしれない。しかしSCPを理解するだけなら、大学1年で学ぶミクロ経済学のいちばん簡単な基礎だけで十分だ。

 まず重要なのが、経済学の「完全競争」(perfect competition)という概念である。完全競争はおおまかに以下の3つの条件を満たす市場(=産業)の状態と考えていただきたい。

【完全競争を満たす条件】
(条件1)市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も市場価格に影響を与えられない。

(条件2)その市場に他企業が新しく参入する際の障壁(コスト)がない。その市場から撤退する障壁もない。
(条件3)企業の提供する製品・サービスが、同業他社と同質である。すなわち、差別化がされていない。

 なお、ここではこの3条件だけを議論するが、正確には以下の2つも完全競争の条件である。この2条件は、本書で後に解説する「リソース・ベースト・ビュー」や「情報の経済学(1)」で、それぞれ再登場する。

(条件4)製品・サービスをつくるための経営資源(技術・人材など)が他企業にコストなく移動できる。例えば、ある技術が企業Aから企業Bに流出したり、人材が企業Cから企業Dに障害なく移動したりできる。
(条件5)ある企業の製品・サービスの完全な情報を、顧客・同業他社が持っている。

 加えて、経済学ディシプリンはそもそも「企業・消費者が合理的な意思決定を行う」という大前提があることも、改めて強調しておこう。

 さてこの5条件を見て、皆さんは「こんな産業は現実にありえない」と思われるのではないだろうか。もちろんその通りなのだが、しかしこれから説明するように、「ありえないほど極端」だからこそ、論理のベンチマークになるのである。

完全競争では、ギリギリの利益しか上げられない

 ここからは条件1・2・3に議論を絞る。この3条件から導かれる完全競争の重要な帰結は、「企業の超過利潤がゼロになる」ということだ。「超過利潤」というのは、「企業が何とか事業を続けていける『必要ギリギリの儲け』を上回る部分」のことである。すなわち、超過利潤がゼロとは「企業が何とかギリギリやっていけるだけの利益しか上げられていない」状態だ。

 そのメカニズムは以下の通りだ。例えば、ある産業の企業が超過利潤を上げている(=儲かっている)と、その超過利潤を求めて他業界の企業やスタートアップ企業が参入してくるはずだ。条件2にあるように、完全競争では参入コストがかからないのだから、儲かっている産業に参入するのは合理的な判断だ。

 しかしこの産業は、多くの企業が参入しても皆同じ製品をつくっている(=条件3)。各企業は製品特性で勝負できないので、ライバルに勝つには価格を下げるしかない。しかも各企業は小さく、市場価格をコントロールできない(=条件1)。結果として、完全競争下では徹底した価格競争のみが行われ、「すべての企業がギリギリでやっていけるだけの利益しか上げられない」水準まで市場価格が下がっていくのだ。