橘玲の日々刻々 2020年1月30日

グローバル化とテクノロジー革命によって国境がなくなり
「上級国民(適正者)」と「下級国民(不適正者)」に二極化していく
【橘玲の日々刻々】

 

「狩猟採集民の脳にとって、世界はあまりに複雑になり過ぎた」

 スティーヴン・ピンカー(楽観)とユヴァル・ノア・ハラリ(悲観)は、グローバル化についても同じ認識から出発する。ハラリは「文明の衝突」論を退け、私たちはみな「単一の混乱したやかましいグローバル文明」の一員であるという。

 興味深いのは、その結果、いまでは世界は「文化差別主義者」で満ちあふれているとの指摘だ。リベラルな社会では「黒人は標準以下の遺伝子を持っているから罪を犯しがちだ」などという主張はとうてい受け入れらない。だが、「黒人は機能不全のサブカルチャーの出身だから罪を犯しがちだ」と述べるのは許されるばかりか、とても流行っているとハラリはいう。

 人種差別的な社会では、マイノリティはどれほど努力してもマジョリティになることはできない(肌の色がちがう有色人種が白人になることはできない)。だが文化差別的な社会では、マイノリティはマジョリティの文化に同化することで、マジョリティの一員になることが許される。その意味で、「今日の文化差別主義者は従来の人種差別主義者よりも寛容かもしれない」。

 だがヨーロッパの移民問題に見られるように、マイノリティは近代的な市民社会に同化するよう強い圧力をかけられ、(同性愛を罰したり、女の子に教育を受けさせないような)反市民社会的な慣習に固執するときびしい批判を浴びせられる。

 私たちが抱える問題は、利害関係が複雑にからまり対立するグローバル文明に、「近代国家」という古い枠組みで対処するしかないことだ。その結果、核戦争や地球温暖化といったグローバルな問題に対して、ナショナリズムや宗教といった「局地的なアイデンティティ」が立ちふさがることになる。

 人間の本性として、「当事者全員が同じ国家への忠誠心を共有しているときにだけ、民主的な選挙の結果を進んで受け容れる」ことができる。徹底的に社会的な動物であるヒトは、同じコミュニティに属する者のためには協力を厭わないが、異なるコミュニティに属する者の利害は無視する「部族主義者」として進化した。こうしたコミュニティを最大限に拡張したのが国家だが、そこでも統治の前提は「アメリカ人」「中国人」「日本人」のようなアイデンティティを共有していることだ。人種問題や移民問題を抱えるアメリカやヨーロッパではこのアイデンティティが揺らいでおり、それに不安を感じたひとたちが増えることで「ポピュリスト」や「極右」が台頭する。

 ハラリは、「民主主義は有権者がいちばんよく知っているという考え方の上に成り立っており、自由市場資本主義は顧客はつねに正しいと信じており、自由主義の教育は自分で考えるように生徒に教える」が、「合理的な個人というものをそこまで信頼するのは誤りだ」という。

 ホモ・サピエンスが「地球の主人」になれたのは、個人の合理性ではなく、「虚構をつくり出し、それを信じる」という類まれな能力によるものだった。これが『サピエンス全史』でのハラリの結論だが、私たちはいま「グローバル文明」という新たな共同体に必要な虚構をつくることができず、茫然と立ちすくんでいる。なぜなら、「さまざまな大陸に住む何億もの人の関係を理解しようとすると、私たちの道徳感覚は圧倒されてしまう」から。進化心理学でよくいわれることだが、「狩猟採集民の脳にとって、世界はあまりに複雑になり過ぎた」のだ。

 このような「大規模な道徳のジレンマ」に、私たちはどう対処しているのだろうか。ハラリが挙げるのは次の4つだ。

(1) 問題の規模を縮小すること 「アメリカは善でイランは悪」のような善悪二元論で複雑な問題を単純化する
(2) 胸に迫る人間ドラマに的をしぼること 複雑なシリア難民問題を、「トルコの海岸でうつぶせで横たわる幼い男児」の写真で理解しようとする
(3) 陰謀論をでっち上げること 「格差拡大はウォール街の陰謀だ」のように、複雑な問題の背後にはなにかの陰謀が働いているとの筋書きをつくる
(4) ドグマを一つ生み出し、全知という触れ込みの理論か機関か支配者を信頼し、どこへなりと、導かれるままについていくこと この典型がIS(イスラム国)で、全知全能のアッラーの言葉に従うことで、その結果がどうなろうといっさい無関心でいられる。ハラリのいう「デジタル独裁制(全知全能のAI)」もこの一種になるのだろう。

 

資本主義の楽園(普遍的最低所得保障)と共産主義の楽園(普遍的最低サービス保障)のユートピア

『21 Lessons』で興味深いのは、「エリート層vs無用者階級」の分断への処方箋について述べているくだりだ。

 「無用者(Useless People)」というのはその定義上、人的資本をすべて失ったひとだから、働くことで(人的資本を労働市場に投資して)富を獲得することができない。そのような貧困階級(プレカリアート)が大量に出現する未来を考えれば、「国家が全員にお金を配るしかない」との発想が生まれるのはごく自然なことだ。これがユニバーサル・ベイシックインカム(普遍的所得保障/UBI)で、欧米の左翼(レフトとかラディカル・レフトと呼ばれるひとたち)のあいだでとても人気がある。

 だがハラリは、最低所得を保障する代わりに、「普遍的な最低サービス」を保障する制度も考えられるという。「人々にお金を与え、好きなものを買えるようにする代わりに、無料の教育や医療や交通などを提供」する社会だ。結果的に無用者階級は、働かなくても最低限の生活を送ることができるだろう。

 すべてのサービスを無料で享受できるようにするというのは、じつは共産主義の理想だ。そう考えれば、私たちは資本主義の楽園(普遍的最低所得保障)と共産主義の楽園(普遍的最低サービス保障)のユートピアを構想することができる。

 だがここには、2つの困難な壁が立ちふさがる。ひとつは「普遍的」の定義で、サービスをどの範囲まで拡張すべきかという問題だ。

 UBIを主張するひとたちは、「国家が国民にお金を配る」という「国家主義」を当然の前提としている。だがハラリは、このような偏狭な立場を退ける。「ユニバーサル(普遍)」という以上、その恩恵は最貧困国を含め、世界じゅうのすべてのひとびとに分配されなければならない。だがこのようにいわれて、アメリカやヨーロッパ、日本のようなゆたかな社会のひとたちは、自分たちの富がアフリカの貧しい国のために「普遍的」に使われることを許容するだろうか。

 それより困難なのは、「最低」すなわち「基本的な必要」をどのように定義するかだ。

 「「人間の基本的な必要」をいったんすべての人に無料で提供すれば、それは与えられるのが当然のものとなり、その後、基本的でない贅沢をめぐって熾烈な社会的競争と政治的闘争が起こるだろう」とハリルはいう。なぜなら、「ホモ・サピエンスは満足するようには断じてできていない」から。

 拙著『上級国民/下級国民』(小学館新書)では、このUBIの限界を「性愛格差」で説明した。進化の産物であるヒトは、生存と生殖に最適化されるよう(利己的な遺伝子によって)設計されている。最低所得保障(ないしは最低サービス保障)によって生存の不安がなくなれば、残されたのは生殖=性愛の欲望だけだ。そうなれば、「経済格差」に代わって「性愛格差(モテ/非モテ)」がとめどもなく拡大していくだろう。

 UBIを実現するには、「無用者階級」が「最低」の所得やサービスでも満足して生きられるようにするしかない。そのヒントは、じつはイスラエルにあるとハラリはいう。

 ユダヤ国家であるイスラエルでは、ユダヤ教超正統派の男性の約半分が、国家からの所得やサービスの給付によって一生働くことなく、聖典を読み宗教的儀式を執り行なうことに人生を捧げる。そしてこの男性たちは、「最低生活」にもかかわらず、「どの調査でもイスラエル社会の他のどんな区分の人よりも高い水準の生活満足度を報告する」という。

 その理由はおそらく、生存だけでなく性愛も満たされているからだろう。ユダヤ教超正統派の男性は、同じ超正統派の女性と結婚し、平均して7人の子どもをつくる。彼らのように「普遍的な経済的セーフネットを強力なコミュニティや有意義な営みと首尾良く結びつけられれば、アルゴリズムに仕事を奪われることは、じつは恩恵となるかもしれない」とハラリは述べる。もっとも私は、このような人生にまったく魅力を感じないが。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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