そもそもRBVとは何か
今回からは、前回までに解説したSCP(Structure-Conduct-Performance)理論と並んでビジネススクールの授業で必ず紹介される、リソース・ベースト・ビュー(resource based view:以下RBV)を解説する。
SCP同様、この理論もビジネススクールでは、その表層だけが語られることがほとんどだ。そこで今回は、経営理論としてのRBVを成立過程からひも解き、実務への応用可能性までを議論する。なおRBVは日本語で「資源ベース理論」などと訳すこともあるが、海外では「RBV」の略称を使うことが多いので、本書『世界標準の経営理論』もこれを採用する。
SCP同様に、RBVももともとは経済学ディシプリンの理論だ。図表1を見ていただきたい。これは経済学で生産関数と呼ばれるもので、企業の製品・サービス(以下アウトプット)と経営資源(以下リソース)の関係を示している。企業は常に何らかのリソースを投入し、そこからアウトプットを生み出す。SCPはアウトプット側の構造・戦略を分析するから、図表1の縦軸に焦点を当てている。逆に、横軸に着目するのがRBVだ。
企業リソースの代表例は、人材、技術、知識、ブランドなどだろう(※1)。日本の製造業が高い競争力を誇ってきた背景には、勤勉な人材・優れた技術といったリソースがあったことは言うまでもない。化粧品などの消費材ビジネスは、ブランド価値を高めることが売上げに直結する。他にも、企業の立地条件、工場施設、財務資源、サポート企業との関係、等もリソースの一種だ。
RBVを語る上で重要なのが、現ユタ大学教授のジェイ・バーニーが1991年に『ジャーナル・オブ・マネジメント』(JOM)に発表した論文だ(※2)。グーグル・スカラーで確認した同論文の被引用数は6万7000件を超える。前々章で紹介したSCPの重要文献であるリチャード・ケイブスとマイケル・ポーターの1977年論文でさえ、被引用数は約3000件にすぎない。バーニーの1991年論文は、世界で最も読まれている経営学の論文かもしれない。
しかしあえて大胆に言えば、この論文は際立って斬新な考えを打ち立てたわけではない。それ以前にも企業リソースに注目した論考は、数多くあったからだ。バーニーの1991年論文の最大の貢献は「それまで散発的に議論されていた企業リソースの複数の視点を、一つの理論としてまとめ上げたことにある」というのが筆者の理解だ。したがって、RBVを深く理解するには1991年以前の論考に遡らなくてはならない。
RBVの起源となる4つの論文
本書『世界標準の経営理論』ではなかでも以下の4本を紹介する(※3)。特に2本目から4本目は米国の経営大学院のPh.D.(博士)過程でも読まれることが多い。
(1)ペンローズ(1959年)
企業リソースの重要性を初めて示した論考の一つは、経済学者のエディス・ペンローズが1959年に発表した The Theory of the Growth of the Firm だ(※4)。同書は企業成長の原動力を、企業リソースに求めている。ペンローズによると、企業は経験を通じて、人材・技術などのリソースを活用する術を学ぶことで成長する。逆にリソースの不足は、企業成長の足かせともなる。
これはいまでは当たり前に聞こえる話だが、均衡分析など静学的な視点が主流だった当時の経済学で、企業のダイナミックな変化に注目したペンローズは異彩を放っていた(※5)。しかし彼女の主張はRBV誕生の直接のきっかけとはならず、その成立には四半世紀を待たねばならなかった。
(2)ワーナーフェルト (1984年)
経営学のRBV時代の幕を開けたのは、現マサチューセッツ工科大学のバーガー・ワーナーフェルトが1984年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』(SMJ)に発表した論文だ(※6)。タイトルもまさに“A Resource-Based View of the Firm”という。
ここで、第14回で議論した「完全競争の条件」を思い出していただきたい。完全競争とは、「企業がまったく超過利潤を得られない(=儲からない)」市場・競争環境のことだ。その成立条件は、以下のようなものだった。
条件1──市場に無数の小さな企業がいて、どの企業も市場価格に影響を与えられない。
条件2──その市場に他企業が新しく参入する際の障壁(コスト)がない。その市場から撤退する障壁もない。
条件3──企業の提供する製品・サービスが、同業他社と同質である。すなわち、差別化がされていない。
ベインやポーターの発展させたSCPは、これら3条件を逆手に取ったものだ。すなわち「3条件が崩れるほど、競争環境は完全競争から離れて独占に近づき、企業は超過利潤を高められる」と考える。例えばSCPでは差別化戦略が重視されるが、それは条件3を崩すことにほかならない。