経営学研究に大きな影響を及ぼしたRBVの持つ課題
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サマリー:前回は、RBVの歴史を解説した。今回は、バーニーによる重要論文、“Firm Resources and Sustained Competitive Advantage”について説明する。さらに、RBVの課題を明示するとともに、経営学者の頂点に立ったジェイ・... もっと見るバーニーと、ビジネスへの貢献に邁進するマイケル・ポーターの立ち位置を比較しながら紹介する。本稿は『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社、2019年)の一部を抜粋し、紹介したものである。 閉じる

──前回の記事:資源ベース理論(RBV)の歴史を紐解き、バーニーの戦略理論を理解せよ(連載第18回)

バーニーの論文(1991年)の骨子

 前回は、RBVの歴史から紐解き、アップルのデザイン力にRBVを当てはめて解説した。この流れのなかで、いよいよバーニーが1991年に“Firm Resources and Sustained Competitive Advantage”というタイトルの論文を発表した。余談だが、序章コラム2でも述べたように、この論文が発表されたJOMは間違いなく優れた学術誌なのだが、本書で度々出てくる経営理論のナンバーワン学術誌『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』や、戦略論のSMJなどと比べると、やや格下と見なされる学術誌なのだ。そこに、後に世界中の経営学者がこぞって引用することになる論文が掲載された、というのも興味深い。

 このバーニーの1991年論文は世界で最も有名な経営学論文の一つなので、やや詳しく解説しよう。

 同論文は、ベインやポーターらのSCPの有用性は認めながらも、それだけでは企業の競争力を説明するには不十分と主張する。なぜなら、製品市場・サービス市場の不完全性にのみ注目したSCPは、企業リソースについて十分な注意を払っていないからだ。

 バーニーがこの論文でまず提示した前提は、(1)企業リソースの異質性(resource heterogeneity)と、(2)企業リソースの不完全移動性(resource immobility)だ。前者は、企業はそれぞれ異なるリソースを持ちうる、ということである。例えば、A社とB社がそれぞれ違った能力の人材を持ちうる、異なる技術を持ちうる、などだ。そして後者の前提は、そういったリソースは企業の間で完全には移動しえない、ということだ。これらの前提が、先のワーナーフェルトの1984年論文や、バーニー自身の1986年論文を背景にしていることは明らかだろう。

 さらにバーニーは踏み込んで、「従来のSCPはこのリソースの異質性と不完全移動性の前提について曖昧であるがゆえに、理論として十分でない」とも主張する。例えば、従来の(ベインなどが確立した)経済学のSCPでは、「企業は何らかの手段で障壁を築くことで、他社の参入を阻むことができる」と主張されていた。また、ポーターらの経営学のSCPでは、「企業は差別化を通じて産業内でグループをつくり、グループ間に移動障壁ができるのでそれが競争優位につながる」と主張した(詳しくは『世界標準の経営理論』第1章を参照)。

 しかしバーニーに言わせると、これらの主張の背後にはリソースの異質性と不完全移動性の前提が必要で、それがなければこれらの主張は成立しえないのだ。例えば、仮にA社が参入障壁を築いてB社がその産業に入れなくても、もしA社とB社が完全に同じリソースを持っていたり、あるいはA社のリソース(例えば優秀な人材、優れた技術など)がB社に完全に漏洩されたりするなら、B社は産業の外でA社とまったく同じことが理論上できるはずである。

 差別化によるグループ形成も同様で、企業は他社と異なるリソースを持ち、それが他社には完全には移らないからこそ、企業間で差別化が可能なはずだ。このように、「SCPの成立には、そもそもリソースの異質性と不完全移動性が不可欠の前提であり、それを見過ごしているSCPは十分ではない。むしろ企業リソース側に注目することの方が順番としては先なはずだ」ということをバーニーの論文は示唆するのだ。

 この仮定をもとにバーニーは、企業リソースと「持続的な競争優位」(sustained competitive advantage)の関係について有名な関係性を打ち立てた。前章でも触れたが、競争優位とは「他社にはできない価値創造戦略を起こす力」のことであり、それが持続的ということは、「その力がある程度の間、続けられる」ということだ。こう書くと抽象的だが、ここでは直感的に「長い間(例えば10年くらい)、ライバルよりも高い業績を出せる力」と考えていただければよい(※1)

 そしてバーニーによると、まず「競争優位」を実現しうる企業リソースの条件は、(1)価値があり(valuable)、(2)稀少な(rare)ことである。例えば(2)の方は、先のリソースの異質性という前提があるから導き出されることは言うまでもない。企業間で持つリソースが異なりうるからこそ、ある企業が持つリソースが稀少たりうる。

 さらに言えば、その競争優位は持続的である必要がある。バーニーによると、そのために必要なリソースの条件は模倣困難(inimitable)で、代替が難しい(non-substitutable)ことだ。そして特に模倣困難性に必要な条件は、先のディエリックス=クールの1989年論文で登場した「蓄積経緯の独自性」「因果曖昧性」「社会的複雑性」である。

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図表2

 図表2は、バーニーの1991年論文に掲載されている図を、筆者が少しだけ加工したものだ。この図が、まさにバーニーのRBVのエッセンスである。同論文ではこれらの主張を命題でまとめていないが、あえて筆者がこれらの主張を日本語の命題でまとめれば、以下のようになるはずだ。

命題1──企業リソースに価値があり(valuable)、稀少な(rare)時、その企業は競争優位を実現する。

命題2──さらにそのリソースが、模倣困難(inimitable)で、代替が難しい(non- substitutable)時、その企業は持続的な競争優位を実現する。この時リソースの模倣困難性は、蓄積経緯の独自性、因果曖昧性、社会的複雑性で特徴づけられる。

 このように、過去の企業リソースに関する様々な論文の知見を競争優位と結び付けて、企業リソースの異質性と不完全移動性という2つの前提のもとに、それらの関係性をこれら2つの命題でまとめ切ってしまったことに、稀代の経営理論家であるバーニーの真骨頂があるのだ。

RBVの現実妥当性

 バーニーの1991年論文をもって、RBVは一つの完成を見たと言ってよい。そしてこの頃から、RBVの妥当性を検証する実証研究が次々と発表されるようになった。その多くは、企業レベルのデータを使って、企業リソースと業績の関係を統計分析するものだ。図表3に主な実証研究の一部をまとめたので、参考にしていただきたい。

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図表3

 比較的最近なら、米ビラノバ大学のスコット・ニューバートが2007年にSMJに発表した論文が、RBVの実証研究を包括的にレビューしている(※2)。ニューバートはそれまでに発表された55本の実証論文から549の分析モデルを精査し、うち292モデル(53%)が「RBVを支持する結果」を得ていることを示した。しかし逆に言えば、この結果は半分の実証モデルはRBVを支持しなかったことを意味する。実際、ニューバートもこの結果を受けて“it (RBV) has only received marginal support.”(RBVはかろうじてしか支持できない)と結論づけている。

 すなわちRBVは一定の説明力はあるが、それだけでは不完全なのだ。実際、現在でもRBVへの批判は後を絶たない。その何が問題なのか。ここから先は、RBVが持つ課題を、 (1)理論としての不完全性、(2)実務への応用の難しさ、の順に議論していこう。

RBVは問題だらけ

 経営理論としてのRBVには、様々な課題がある。ここでは、テキサス大学アーリントン校のリチャード・プリムと香港理工大学のジョン・バトラーが、2001年に『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』(AMR)に掲載した論文をもとに、3つの課題を議論しよう(※3)

課題1:RBVは同義反復

 この論文でプリムとバトラーは「RBVはそもそも論理的に破綻している」という強烈な主張を展開している。先のバーニーの1991年論文から導かれる命題1を再掲しよう。

命題1──企業リソースに価値があり、稀少な時、その企業は競争優位を実現する。

 さて、先ほど述べたように、この命題にある「競争優位」は「他社にはできない価値創造戦略を起こす力」と定義される。これを少し言い換えて命題に入れてみると、以下のようになる。

命題1──価値があり稀少なリソースを持つ企業は、価値があって稀少な戦略を行う力を実現する。

 これでは、主語と述語の両方に「価値」「稀少」という言葉が入り、論理学でいう「トートロジー」(同義反復)に近い状態になってしまう。「若い人は、若々しい」と言っているのと大差ない。哲学者のカール・ポパーが述べるように、科学的命題とは反証可能でなければならない(※4)。「バーニーの命題1は同義反復だから反証ができず、したがって科学的な論理命題として成立していない」と、プリムとバトラーは批判したのだ。2001年のAMRではこの点をめぐってプリム=バトラーとバーニーの間で激論が交わされたが、筆者の知る限り決着はついていない。