“業績の底”を作り
「V字回復」を目指すシナリオを排除

 内田社長が黒字の経営計画を選んだということは、20年3月期に膿を出し切って“業績の底”をつくり、21年3月期から「V字回復」を目指すシナリオを排除したということだ。別の日産幹部は「内田社長が巨額赤字を計上する覚悟を決められなかったということ」と吐き捨てるように言う。

 ある自動車アナリストも「20年3月期のうちにスピード感を持って構造改革に着手することを先送りした」と解説してみせる。これでは、20年3月期の決算が本当にボトムとなるのかどうかは疑わしい。しかも、「黒字確保の見通しを出したばかりに、20 年3月期4Q決算(3カ月)のハードルを超えることすら四苦八苦の状況だ」(同)。

 例えば、20年3月期3Q決算(9カ月累計)の営業利益は543億円なのに、4Q(3カ月)だけで営業利益307億円も積み増さなければならない。しかも、抜本的な経営改善策がないままに、だ。そうなれば、いつまでたっても、日産の業績は「底」が見えないままズルズルと低空飛行を続けるリスクが高まる。

 ここまで業績が低迷する前の西川(廣人・前社長)政権時に、すでに日産は構造改革プランを提示してはいる。昨年7月、20年3月期1Q決算時に示されたものだ。

 改革プランの骨子は、「米国事業のリカバリー(量から質へのシフト)」「生産の合理化」「新商品・新技術の投入」の三本柱から成る。とりわけ生産の合理化については、グローバルな生産ライン14拠点で1万2500人(全要員の1割に相当)を効率化するという広範なものだった。

 これらの対策を講じることで、日産は、20年3月期の営業利益3900億円を3年後の23年3月期に8700億円(営業利益率6%)へジャンプアップする算段だった(中国合弁会社持分法ベースではなく、中国合弁会社比例連結ベース)。

 ところがふたを開けてみれば、20年3月期の営業利益は850億円(編集部注:中国合弁会社持分法ベースなので、比例連結ベースよりも金額は小さくなる)となる見通しであり、利益を拡大させていくどころかスタートからつまずいた格好だ。そしてこれは前述の通り、巨額赤字計上の覚悟なき中途半端な黒字である。

 もちろん、米国や中国の自動車販売台数の減少が要因の一つではあるが、日産の業績の落ち込みぶりは、競合のトヨタ自動車やホンダと比べても激しく、市場全体のトレンドだけでは説明がつかない。

 そのため、日産特有の構造的課題を抱えていると言わざるを得ない。それは改革プランのメニューである。生産の合理化では、「もともと稼働率が低い工場でいくら要員を整理したところで大きな効果は期待できない」と前出のアナリストは指摘する。実は、損益へのインパクトが最も大きな施策は米国事業のリカバリーであり、その進捗の遅れが業績悪化につながっているのだ。

構造改革費用として
2000億〜4000億円が必要

 冒頭に登場した日産幹部は「米国市場や中国市場での日産車の“車齢の高さ”を改善することなくして、業績改善の突破口は見えない」と言い切る。商品の魅力に直結する車齢の高さは業界平均では約4年とされるが、日産車は約5年と“高齢車”になっている。

 ゴーン時代に新興国を中心に拡大路線を掲げたために、先進国向けの新車投入が遅れたり、実力の割に車種が多すぎて絞れなかったりした結果、流通在庫がたまり高齢車が増えてしまった。車齢が高いうちにマーケットシェア拡大を急いだ結果、ディーラーの収益を痛める悪循環となっているのだ。

 昨年より、こうした抜本策に着手してはいるものの“先立つ物”がまだ足りない。そのため同幹部は、「米国事業の資産を入れ替えたり、開発投資を積み増したりするには巨額の構造改革費用が必要。グローバルな生産拠点の統廃合にかかる費用も含めて、最低でも2000億円のコストが要る。さらに、21年3月期以降の成長を確固たるものにするには、さらに2000億円を積み増した4000億円の費用が必要との試算もしていた」と打ち明ける。

 だが、内田社長は巨額赤字決算をする“腹のくくり”ができなかった。内田社長は「今年5月に公表する新たな中期経営計画で追加の施策が入る」としたが、決算会見では抽象論に終始し、具体的な構造改革案に触れることはなかった。

内田誠社長2月13日、初めての決算会見に臨んだ内田誠・日産自動車社長。さらなる構造改革について具体策の言及はなかった Photo:Youtubeより

 これでは「いつ日産の業績の“底”が終わるのか確証が持てない」(前出の自動車アナリスト)。

 さらに言えば、現経営陣の抜本策が後手に回っていることは否めない。今回の業績悪化を受けて、19年3月期に57円だった日産の株式の年間配当は20年3月期に10円まで下がった。株主に痛みを生じさせておきながら、「役員報酬のカットや従業員の賃金カットに議論が及ぶとたちまち役員連中が静かになった」(同日産幹部)という。日産本体も含めた人件費を削減するのは、王道のリストラプランのはずだ。

 また、グローバルな拠点の統廃合の“アプローチ”にも疑問符がつく。内田社長は、ルノー、日産、三菱自動車の3社の首脳級会議(アライアンス・オペレーティング・ボード。AOB)で決まったアライアンスの新たな枠組みをたたき台にしながら、日産拠点の統廃合の姿を模索しているようだ。だが、今の日産とルノーとの“家庭内離婚”の状況を鑑みれば、アライアンスの枠組み内での拠点の最適配置など議論できる状況にはないだろう。

 日産の混迷は深まるばかりだ。最大の問題は、日産の経営チームを支える上層部人材が著しく枯渇していることである。

Key Visual by Noriyo Shinoda, Graphic by Kanako Onda