「和敬塾」という珍しい男子学生寮がある。東京・目白台の旧細川邸7000坪の土地に、前川製作所の創業者・前川喜作氏が1955年に設立。現在も大学、国籍、宗教にかかわらず400名以上の学生が暮らす。国内外のオーケストラでタクトを振る指揮者・齊藤一郎氏も和敬塾出身だ。和敬塾の生活は、指揮者になるための“遠回り”だったと語る。(清談社 村田孔明)

数々の伝説を残す
型破りな学生だった

指揮者の齊藤一郎氏
齊藤一郎(さいとう いちろう)/1969年生まれ。セントラル愛知交響楽団首席客演指揮者、京都フィルハーモニー室内合奏団音楽監督などを歴任する。  Photo by Kazutoshi Sumitomo

 華々しいオーケストラの世界で活躍する齊藤一郎氏(1969年生まれ)は、今も和敬塾で語り継がれる伝説をいくつも残している。その一つに、不条理な先輩に自分の小便を飲ませたという逸話がある。

「それは本当ですね。威張るだけの先輩が席を立ったときには、ビールに小便をかけてやりました。すぐにバレると思ったのに、誰も気づかずに、小便を『うまい、うまい』と飲むのには驚きましたね。ビールと小便の味の違いもわからないのに、偉そうにしたらいけませんよ」(齊藤氏、以下同)

 男子寮の上下関係は厳しいが、齊藤氏はただ年齢が上か下かの基準に従うような、やわな後輩ではなかった。

「一人だけ、小便を見破られたことがあります。彼は新卒で入ったメガバンクを辞め、今はオーストラリアでワイナリーを経営しています。小便と酒の違いがわかる舌を持っているので、才能を生かす道に進んだようです」と飄々(ひょうひょう)と伝説の続きを語る。

 福井県大野市出身の齊藤氏は、1988年に和敬塾西寮に入った。

「高校生の頃、福井市で開かれたミュンヘン・フィルの公演で、セルジュ・チェリビダッケが指揮したブラームスにすっかり心を奪われました。こういう世界にいけたらいいな、と漠然と思っていました」

 どうすれば指揮者になれるのか?地元の福井ではまったくわからず、東京学芸大学の音楽専攻へ進学し、和敬塾に入る。しかし和敬塾での生活は、大きな“遠回り”だった。