徳力 前回、けんすうさんへのインタビューで面白かったのが、大企業はコミュニティをつくろうとしても、企業とお客さまを別の存在だと位置付けてしまうのに対して、真のインターネット企業は、お客さまを仲間として捉えているという話でした。

 ただし、私のような昭和世代は、どうしてもお客さまは、おもてなしをする対象という意識が強く、本当の意味で腹落ちできていません。その点、クラウドファンディングは、サービスそのものをユーザーと一緒につくっていくものですよね。

米良はるか氏 READYFOR代表取締役CEO(最高経営責任者) 1987年生まれ。2010年慶応義塾大学経済学部卒業、12年同大学院メディアデザイン研究科修了。大学院時代にスタンフォード大学に短期留学し、帰国後11年に日本初・国内最大級のクラウドファンディングサービス「READYFOR」を立ち上げ、2014年「READYFOR(レディーフォー)」として株式会社化、代表取締役CEO(最高経営責任者)に就任。 提供:Agenda note

米良 そうですね。お客さまは、仲間だという感覚は分かります。

徳力 私は、そうした感覚こそ、現代のマーケティング担当者が顧客とのコミュニケーションで持つべきだと考えています。今日は、米良さんの体験を深掘りすることで、昭和世代にとってのヒントを得たいと思っています。

出会いは、パラリンピアンの寄付集め

徳力 私が初めて米良さんとお会いしたのは、米良さんが大学生のときでした。たしか、2010年バンクーバーパラリンピックに出場するスキーチームへの寄付を集めるためのアドバイスを聞きに来てくれたんですよね。当時は、なぜ寄付を集めていたのでしょうか。

米良 きっかけは東京大学の松尾(豊)先生との出会いです。私が大学3年生のときに所属していたゼミの先生が松尾先生との共同研究を始めたんです。

 当時、松尾先生は「SPYSEE(スパイシー)」という人物の検索サイトを運営していました。これはインターネット上にあるメディア記事などから自動で人物名を抽出して、ウィキペディアのように、その人物の情報を載せたページをつくるサービスです。

 そうした活動から、将来はインターネットを通じて、本当はすごい実績を持っているのに組織の中で埋もれていた人にもスポットが当たるようになり、その人を応援できる世界になるのではないかと考えました。パラリンピックスキーチームへの支援は、その中のひとつです。選手とたまたまお会いしたときに、何度も優勝しているのに資金が集まっていないという事実を知って、それはおかしいと思ったんです。

徳力基彦氏 ピースオブケイク noteプロデューサー/ブロガー アジャイルメディア・ネットワーク アンバサダー/ブロガー NTTやIT系コンサルティングファームなどを経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時からブロガーの一人として運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、ソーシャルメディアの企業活用についての啓蒙活動を担当。2009年2月に代表取締役社長に就任し、2014年3月より現職。2019年6月末で取締役を退任、7月から現職。同月、ピースオブケイク noteプロデューサー/ブロガーにも就任。 提供:Agenda note

徳力 当時、ものすごく強烈な熱量で説得された記憶があります(笑)。

米良 すいません(笑)。ただ、どちらかと言うと、私としては社会課題の解決に興味があったというよりも、テクノロジーが起こす変化で、今まで実現できなかったことをできるようにしたい、という思いが強かったんです。

「READYFOR」立ち上げ前の米国留学での経験

徳力 米良さんが大学生だったときは、まだクラウドファンディングという言葉さえ存在していなかったと思います。当初から、起業しようと考えていたのですか。

米良 いえ最初は、あくまでひとつのプロジェクトに参加しているという意識でした。とはいえ、自分でプロジェクトを組み立てて、さまざまな人の協力を仰ぎながら、全身全霊を尽くすという経験が初めてで、自分に向いているなと感じていました。

徳力 いつのタイミングで、これは自分が取り組むべきビジネスだと確信するようになったのですか。

米良 スタンフォード大学に留学したときですね。当時、米国でクラウドファンディングという事業が生まれ、注目を集めていたんです。

徳力 自分がやっていたことに名前があった、と。