米良 まだ定義や名前もなくて、マイクロファイナンスやソーシャルファンディングとも呼ばれていました。ただ、少なくとも米国で同じ概念が出てきたので、マーケットとして成立するかもしれないと感じていました。

徳力 留学中も関心を持ち続けていたのですね。

米良 はい、米国においてインターネット上で支援を募集したら数日で1000万円が集まるという、これまでは考えられなかった状況を目の当たりにして、自分もやるべきだと思ったんです。それがパラリンピックの寄付集めをした翌年の2010年で、大学院1年生のときでした。それから準備を進めて2011年3月に「READYFOR」をリリースしました。

クラウドファンディングサービス「READYFOR」 提供:Agenda note

徳力 法人化したのは2014年でしたよね。3年間はプロジェクトのままだったのですか。

米良 そうです。松尾先生が経営していた会社の一事業のサービスオーナーとして動いていました。当時は、会社の経営に興味はなかったのですが、「READYFOR」をこれからも成長させていきたいと思いましたし、徐々に経営に関して勉強する中で、いま独立しないと自分で買い取れなくなると思い、起業しました。   

なぜ「応援してくれる人がいる」と確信できたのか

徳力 今でこそクラウドファンディングは広く知られていますが、当時は寄付の文化がない日本では難しいと言われていましたし、テック系スタートアップ起業がガジェット開発のための資金調達という観点で注目されていた印象です。その中で「READYFOR」は、最初からチャレンジする人を応援するという文脈を強く打ち出していました。

米良 はい、私がイメージしていた世界は、応援される人と応援する人に分かれるのではなく、自分が挑戦したいときは誰かが応援してくれて、誰かが挑戦したいときは自分が応援するといった、誰もが立場を入れ替えられるネットワークでした。

徳力 なぜそう思われたのでしょうか。そこに、ミレニアル世代を理解するためのヒントがあるように思います。中古品の買い取り事業「CASH(キャッシュ)」で有名なバンクの光本勇介さんは、“性善説”という言葉を使っていましたが、これまでの会社のサービスは、どちらかと言えば、サービスを悪用する人がいる“性悪説”を前提につくられていました。

「READYFOR」も性善説に近い感覚を感じます。米良さんは、なぜチャレンジする人を応援したい人が数多く存在すると信じられたのですか。

READYFOR代表取締役CEOの米良氏(左)と、ピースオブケイクnoteプロデューサー/ブロガーの徳力氏 提供:Agenda note

米良 難しい質問ですね。ただ、インターネットがなかった時代は、物理的に離れてしまった人とつながり続けるのは困難でしたよね。でも現在は、例えばFacebookで一度つながれれば、いつでも連絡がとれますし、ずっとつながり続けられます。

 複数のコミュニティに囲まれて生きていける環境なので、何かを始めようとしたら誰かが協力してくれるだろう、という感覚が根底にあったのかもしれません。

徳力 なるほど、それは大事なポイントですね。ソーシャルメディアが普及したからこそ、人を信じられるようになったわけですね。米良さん自身も、誰かに手を差し伸べられたという経験があったのでしょうか。

米良 そうだと思います。何か新しいチャレンジをしたいと誰かに相談したら、「それならば、この人を紹介してあげるよ」とメッセンジャーなどで簡単につなげてもらうことができます。

 ソーシャルメディアを通じて一度で出会った人と、緩くつながり続けていくことで、自分が何かにチャレンジしたときに誰かが味方をしてくれるはずだ、という感覚がどんどん強くなっていると感じています。