日本企業にいま最も足りない視点を投げかけた理論
読者が選ぶベスト理論:『世界標準の経営理論』第12章、第13章 知の探索・知の深化の理論
――「知の探索・知の深化の理論」は、『世界標準の経営理論』の中でも人気のある理論の1つです。入山先生、いかがでしょうか。
入山(以下略):ご感想をお寄せいただきありがとうございます。講演をしていると、圧倒的に「知の探索・知の深化理論」の話と「センスメイキング理論」の話になります。2つの理論とも確実に、日本企業にいま最も不足している視点だと思います。内容はとてもシンプルなのですが、多くの皆さんがうすうす感じていたことを言語化できた点が人気の理由だと思います。
また、「知の探索・深化」という日本語の名前を付けたことも大きいと思います。もともとは、日本の経営学者たちの間で「探索」(exploration)や「深耕」(exploitation)と呼ばれていました。それを僕が「知の探索・知の深化」と呼び、広めました。
もう1つ貢献できたとすれば、この図を示せたことです。
この図は、知の探索と知の深化の関係を2つのベクトルによって示すことができたものです。本書では、知の探索とは「なるべく自身の認知から離れた遠くの知をサーチすること」であり、知の深化とは「すでに得た知を深掘りし、自分のごく目の前だけをサーチすること」と定義しました。
イノベーションの基本は、「知の深化」を継続する一方で、「知の探索」を怠らない組織であり続けるということです。このことを「両利きの経営」(Ambidexterity)と呼んでいます。
――目の前の深掘りにとらわれず、いかに自分や組織の知らないことを知る機会をつくるかがポイントですね。
はい。そうはいっても、知の探索にはコストがかかるので、短期的には知の深化を選ぶのが合理的に見えます。ですが、知の深化に傾斜し過ぎると、中長期的なイノベーションが枯渇して、自己破壊を起こす「コンピテンシー・トラップ」に陥ってしまう。それが日本企業の大きな課題であり、この図で表せるのです。
人間は物事を図で覚えるのが得意です。マイケル・ポーターの何が偉大かと言えば、「ファイブフォース」のフレームワークを思い付いたことよりも、ファイブフォースの図を考えついたところにあると思います。図を見ただけで「ああ、ファイブフォースだ」と皆がわかるようにした。それほど図の印象は大事ですよね。
――知の探索がイノベーションに重要だと理解できても、その活動を日常的に行うのは難しいものです。いかがでしょうか。
「言うは易し、行うは難し」が知の探索の特徴です。最近、企業の講演で話すのは、まさにここです。知の探索は一見、無駄な投資活動に見えてしまうので、多くの企業が次第にやらなくなります。一方で、知の深化は、これまでの枠組みで決まっていることなので、同じことを繰り返して効率を上げていくことができるので、注力しがちです。
ですが、知の深化は、人間の手を返さずとも、業務改善や生産性アップができます。同じことを繰り返して効率を上げていくことなので、AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などに任せることができる。AIや機械を活用すれば、知の深化に対する負担が減ります。結果的に知の探索ができるようになるのです。
――枠組みが決まっている業務は、プログラムを書くことができるので、AIなり機械なりに任せておけば、効率アップや改善ができる。そして、余ったリソースを知の探索に振り向けられるというわけですね。
そうです。僕は常に、「知の深化にだけリソースをかけてはダメです」と伝えています。知の探索は人間にしかできないことだと思いますし、その仕事のほうが働いている人にとっても楽しいはずです。
【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】
知の探索・知の深化の理論
センスメイキング理論
SCP理論
【著作紹介】
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。
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