橘玲の日々刻々 2020年2月13日

リベラル化する世界の中で
日本の危機は「男女格差が大きく移民に不寛容」なこと、
世界の危機は「核兵器」と「気候温暖化」への対応
【橘玲の日々刻々】

 昨年末に相次いで刊行された話題の翻訳書から、これまで2回にわたってスティーブン・ピンカー『21世紀の啓蒙』(草思社)とユヴァル・ノア・ハラリ『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)を紹介してきた。

[参考記事]
●「世界がどんどん悪くなっている」というのはフェイクニュース。先進国の格差拡大にも関わらず「公正なルール」のもとでの不平等は受け入れられる
●グローバル化とテクノロジー革命によって国境がなくなり「上級国民(適正者)」と「下級国民(不適正者)」に二極化していく

 今回は進化人類学者で、世界的ベストセラーとなった『銃・病原菌・鉄 1万3000年にわたる人類史の謎』 (草思社文庫)で知られるジャレド・ダイヤモンドの新刊『危機と人類』(日本経済新聞出版社)を取り上げたい。原題は“Upheaval: How Nations Cope with Crisis and Change”(大変動 国家はいかに危機と変化に対処するか)。

 最初に断っておくが、正直、この本の評価がいちばん難しい。

「進行中の危機」としてアメリカのほかは日本だけが分析の対象に

『危機と人類』の構成は、第1部で「個人的危機」、第2部で「国家的危機」、第3部で「進行中の危機」が取り上げられる。ダイヤモンドは、世界が抱えるさまざまな危機を、自身の個人的な危機(それまでずっと順風満帆のエリート学生だったのに、ケンブリッジ大学に留学したときに研究に行き詰った)と重ね合わせて理解しようとする。

 ここまで読んで、いきなり腰が引けたひともいるだろう。国家と個人を一体のものと見なすのは「ナショナリスト」の発想で、歴史学はこうした手法を徹底して退けてきたからだ。

 もちろんダイヤモンドは、このことを承知している。だったらなぜ危うい立場をとるのか。その理由はふたつ挙げられているが、そのひとつはわかりやすいから(「一般の読者にとって、個人的危機の視点から「それに相当する」国家的危機を見ていくほうが簡単だし、複雑な問題も理解しやすい」)で、もうひとつは個人的危機が異なる結果を生む重要な12の要因がわかっているからだという。「これらの(12の)要因は、国家的危機で生じるさまざまな帰結を導く要因を読み解くうえで役に立つだろう」とされるのだが、なぜそうなるかは説明されない。

 それにもかかわらず本書が話題になっているのは、「国家的危機」として、フィンランド、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリアとならんで近代日本が取り上げられていることと、「進行中の危機」として、アメリカのほかは日本だけが分析の対象になっているからだろう。こうした構成から、本書はアメリカ(英語圏)と日本の読者市場を対象にしているように思われる。――本書の魅力のひとつは、フィンランドやチリといったあまり縁のない国の“危機体験”を知ることができることだ。「近代日本の起源」の章は明治維新のそつのない解説で、日本の読者にとっては新たな発見はないかもしれない。

 ここで登場する7カ国になんらかの関連があるわけではなく、たんに「よく知っているから」選んだのだとされる。そのうち6カ国は留学や研究のために長期の滞在経験があり、日本だけは住んだことがないが、妻の親族が日本人と結婚していて日本人のいとこや甥、姪がおり、教鞭をとるカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の日本人学生と親しくなったので、一般のアメリカ人よりも日本についてよく知っているのだという。

 ダイヤモンドは、これは「国家的危機の比較研究」の第一ステップにすぎず、「国家的危機を個人的危機で分析する」という方法論を発展させるには、さらに多くのサンプルを必要とすると認めている。だが本書の調査だけで6年を要したというから、80歳を過ぎた著者にはこれ以上の研究をするつもりはなさそうだ。

 この批判的な見方は私の独断というわけではなく、Wikipedia(英語版)に紹介されている本書の書評でも、「個人的危機の12ステップを歴史にあてはめようとする試みは無視しなさい」「国家的危機を理解するためではなく、紀行文として読むほうがずっとマシ」などと書かれている。ニューヨークタイムズのレビューでは、「多くの(歴史的)事実の誤りを含んでいる」とも指摘されている。

 というわけでここでは「個人的危機=国家的危機」説は脇に置いて、第3部「国家と世界――進行中の危機」から、「日本を待ち受けるもの」を中心に見ていきたい。「世界を待ち受けるもの」では、ピンカー『21世紀の啓蒙』との比較もするつもりだ。

「日本は男女格差が大きく移民に不寛容」と指摘

“知日派”のジャレド・ダイヤモンドはかつて日本の新聞のインタビューで、「日本での会議に呼ばれていつも驚くのは男しかいないことだ」と述べていた。人種的多様性がない(“日系日本人”しかいない)のはしかたないとしても、いまではアメリカやヨーロッパで開かれる会議では女性が半分を占めることも珍しくないのに。

 こうした印象から、本書でもダイヤモンドは日本における女性の地位の低さに苦言を呈す。「日本は表向きは男女平等の国であるが、現実には、日本の女性は平等を阻む数多くの社会的障壁に直面している」というのだ。

 ダイヤモンドは日本の女性が置かれた状況を、以下のようなデータを挙げて記述する。

 日本の職場では女性の関与は少なく、賃金も低い。責任のレベルが上がるほど女性の割合は下がる。大学生の49%、新入社員の45%を女性が占めているのに、大学教員のポストにおける女性の比率はわずか14%(アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスでは33~44%)、中間および上級管理職では2%、役員では1%であり、CEOでは1%にも満たない。他の主要先進国に対してこれほど遅れをとっているのは(またしても)韓国を除けば日本のみである。

 政界でも女性は少数派であり、これまで女性首相はいない。正社員における男女の賃金格差は富裕な先進国35カ国のなかで3番目に大きい(日本より賃金格差が大きいのは韓国とエストニアのみ)。日本では同レベルの職における女性の平均賃金は男性の73%に留まるのに対し、富裕な先進国の平均は85%、ニュージーランドでは95%に達する。女性が働くうえで障害となっているのは、労働時間の長さや、終業後も社員同士の交流を期待されること、そして働く母親がそうした交流を期待されるならだれが子どもの世話をするのか(夫も同じ状況で子どもの世話ができない、あるいは、したがらないなら)、という問題である。

 「終業後の社員同士の交流」とは飲み会のことだろうが、さすがに子どものいる女性社員にまで強要する会社は減ってきているだろう。しかし日本の会社が「滅私奉公」の度合いで社員を評価しているのは事実で、大卒総合職の女性社員でも労働時間が短い(残業しない)と出世競争から脱落してしまう。

 ダイヤモンドが指摘するもうひとつの問題が「移民」で、「世論調査が示す日本人の意見は、他の富裕国では極論扱いされるものに偏っている」と述べる。「日本人の63%は外国人居住者を増やすことに反対であり、72%は移民が犯罪率を増加させるという見解に同意する。アメリカやカナダ、オーストラリアでは国民の57~75%が移民は社会を良くすると考えているのに対し、日本人の80%は移民が新しい考え方をもたらし社会を改善するという見解を否定している」のだ。

 移民国家と日本を同等に比較するのはどうかと思うが、興味深いのは、その結果、日本では少子高齢化で労働人口が減少するにもかかわらず、働いていない母親たちを労働市場に投入することができないとの指摘だ。その理由は単純で、「アメリカの働く母親たちの多くは移民女性を保育サービス提供者として個人で雇っているが、その方法は日本にはほぼ存在しない」からだ。

 香港やシンガポールもこれは同じで、どの家庭にも「アマさん(住み込みの家政婦)」がいて家事・育児や老親の介護を任されている。私はこのことを『2億円と専業主婦』(マガジンハウス)で書いたが、いまだに日本では家事・育児は母親の「専権事項」で、赤の他人に任せるようなことはとんでもなく“不道徳”だと考えられている。

 狭い平地に多くの人間が集住する日本では、7世紀の「建国」(あるいはそれ以前)から人口過剰が問題だった。それがいま有史以来はじめて人口過少の時代を迎えようとしている。その大きな変化に、政治家や官僚も含めほとんどの日本人が適応できていないのだろう。

 ちなみにダイヤモンドは、人口が減ること自体は、日本を困窮させるよりも裕福にさせるだろうと楽観的だ。日本は資源のない国だから、人口が少なければ必要な資源の量も減る(一人当たりの分配が増える)というのだ。


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。