橘玲の日々刻々 2020年2月13日

リベラル化する世界の中で
日本の危機は「男女格差が大きく移民に不寛容」なこと、
世界の危機は「核兵器」と「気候温暖化」への対応
【橘玲の日々刻々】

日本を制約しているのは「人口が多く資源が少ない」という条件

 地理学者でもあるダイヤモンドは、日本を制約しているのは「人口が多く資源が少ない」という条件だとしている。明治維新で「近代国家」になって以降、アジアを侵略したのもそれが理由だとされる。

 こうした「海外資源の簒奪」は現在もつづいていて、「不法に、あるいは持続可能でない方法で収穫された林産品の(日本の)輸入量は、国民一人あたりにせよ輸入林産品全体に占める割合にせよ、アメリカやEU諸国よりはるかに多い。遠洋漁業や捕鯨に関するまっとうな規制についても日本は反対勢力の先頭に立っている」と批判される。

 クロマグロの資源保護はともかく、反捕鯨については反発があるだろうが、日本人が理解しなければならないのは世界がますます「リベラル化」し、「人権」が動物にまで拡張されているという現実だ。

 かつてはアフリカで象やライオンの狩猟する“サファリ”は洗練された男の遊びとされていたが、いまでは人間を殺す以上の大罪と見なされている――「ジンバブエでもっとも有名なライオン」を誤って射殺したアメリカ人歯科医は、正式な狩猟許可を得て現地のガイドとともに狩猟区域にいたにもかかわらず、世界じゅうからすさまじいバッシングに晒された。もはや“文化”を理由に、大型動物や高い知能をもつ動物の捕獲・殺害を正当化することはできなくなった。

 こうした価値観の変化は不可逆的なものなので、日本一国がどれほど抵抗しても覆すことはできない。「捕鯨を守れ」と主張するひとたちは、この歯科医のような扱いを受ける覚悟ができているのだろうか。

 リベラルな知識人であるダイヤモンドの批判は、「歴史問題」にも向けられる。『危機と人類』には、UCLAで学ぶ日本人学生から聞いたという次のような話が紹介されている。

 日本の学校の日本史の授業では、第二次世界大戦についてほとんど時間を割かない(「数千年の日本の歴史のうちほんの数年にすぎないから」)といい、侵略者としての日本についてはほとんど、あるいはまったく触れないし、何百万人もの外国人や数百万の日本の兵士と民間人の死については責任よりも、むしろ被害者としての日本(原爆によって十数万人が殺されたこと)を強調し、日本が戦争をはじめるように仕向けたとしてアメリカを非難するという(公平を期して述べておくと、韓国、中国、アメリカの教科書も、第二次世界大戦について自国に都合よく紹介している)。私の日本人の学生たちは、ロサンゼルスのアジア人学生連盟に参加し、韓国人や中国人の学生と出会い、戦時中の日本人の行動を知り、それが今も他国の学生たちの反日感情を醸成していることを知ると、ショックを受ける。
 

 戦後日本の歴史教育が、“自虐史観”だと批判される歴史教科書を使っていた頃から、現代史にほとんど時間を割いてこなかったのは事実だろう。大学入試の日本史では、日清・日露戦争は出題できても、朝鮮半島の植民地化や日中戦争(満州国)、第二次世界大戦についての問題は避けられるともいわれる(出題傾向を調べたわけではないが)。その結果日本からの留学生は、歴史認識以前に、歴史的事実のレベルで中国や韓国の若者と話が通じなくなっているのだ。

 日本では「反戦リベラル」ですら、戦争の“犠牲”のみを強調し“加害”を無視している。その象徴が大ヒットしたアニメ映画『この世界の片隅に』で、時代に翻弄される庶民の日常が活き活きと描かれるが、軍艦は呉の造船所から出航していくだけだ。これは宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』も同じで、空を飛ぶ夢に魅せられた航空技術者と結核の少女との悲恋が美しく描かれる一方で、戦争の時代はすべて省略され航空機の残骸にその残酷さが象徴されているだけだ。

東アジアの歴史問題はこれから始まる「(リベラルの視点での)近代の再定義」という文化戦争の先行事例と考えるべき

 ダイヤモンドは歴史問題について、「ドイツの手法がかつての敵国をおおむね納得させているのに対して、日本の手法は主要な犠牲者である中国と韓国を納得させそこねているのはなぜだろうか」と問う。そのうえで、日本に対して次のような提言をする。

 日本の首相が南京を訪れ、中国人が見守るなかでひざまずき、戦時中の日本軍による残虐行為への許しを請うてはどうだろうか。日本中にある博物館や記念碑や元捕虜収容所に、戦時中の日本軍の残虐行為を示す写真や詳しい説明を展示してはどうだろうか。日本の児童が国内および南京、サンダカン、バターンなど海外のこうした場所を修学旅行や遠足で定期的に訪れるようにしてはどうだろうか。あるいは、戦争の犠牲者としての日本よりも、戦時中に日本の残虐行為の犠牲となった非日本人を描くことにもっと力を入れてはどうだろうか。

 もちろん私は、ホロコーストと一般の戦争犯罪はちがうし、ドイツと日本では戦後の国際環境も異なるから同一に語ることはできないと考えるが、ここで強調したいのは、このアドバイスをするダイヤモンドが「日本人ではないが日本を愛する」者だということだ。

 アメリカの「親日」知識人がこのような認識だとすると、日本にさしたる関心がない大多数の世界のリベラルがどのように考えているのかは押して知るべしだ。ダイヤモンドは日本の歴史についても勉強し、アジアへの理解も深いが、これは世界のリベラルのなかではまれなケースだろう。

 「日本の歴史を正しく理解していない」というかもしれないが、そもそもなにかを主張するのに相手の国の歴史を知悉していなければならないという決まりはない。日本の(保守派の)知識人にしても、さしたる知識もなしに外国について好き勝手なことをいっているだろう。

 ここで理解しなければならないのも、やはり「リベラル化という巨大な潮流」だ。慰安婦問題が典型だが、リベラルな価値観と整合的な主張は受け入れられ、それに反する主張は「反動」として切り捨てられる。

 誤解のないようにいっておくと、私はこれが「正しい」といっているわけではない。ただ、日本国内でいくら騒いでも、「リベラル化する世界」という現実を変えることはできない。

 もはやダイヤモンドのような「親日」知識人ですら、歴史問題で日本を擁護しようとはしない。不愉快に思うひとも多いだろうが、日本人にこの現実を突きつけたことが、おそらくは本書のいちばんの意義だろう。

 もっともこれは、世界がますます「反日」になっていくという話ではない。「リベラル化する世界」では、広島・長崎への原爆投下はアウシュビッツと並ぶ「戦争犯罪」だと見なされるようになった。オリバー・ストーン(『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史』)やマイケル・サンデル(『これからの「正義」の話をしよう』)が、アメリカは原爆投下を日本に謝罪すべきだと主張するのはこれが理由だ(この2人はリベラルなので、当然のことながら、日本は慰安婦問題で韓国に謝罪すべきだともいう)。ちなみにダイヤモンドは、原爆投下を「日本人の被害者意識」で片づけているが、これは「リベラル」としては認識が甘いのではないだろうか。

 欧米の知識人はまだ気づいていないようだが、こうした「リベラル化」の潮流は、やがてイギリスのヴィクトリア時代やフランスのアフリカ植民地政策を全否定するようになり、大航海時代のスペインによる新大陸征服、アメリカ開拓時代のインディアン虐殺や黒人奴隷問題があらためて蒸し返されることになるだろう(事実、アメリカの大学ではそうなりつつある)。

 そう考えれば、東アジアの歴史問題は日韓や日中のナショナリズムの衝突というよりも、これから始まる「(リベラルの視点での)近代の再定義」という文化戦争の先行事例と考えるべきだろう。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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