橘玲の日々刻々 2020年2月13日

リベラル化する世界の中で
日本の危機は「男女格差が大きく移民に不寛容」なこと、
世界の危機は「核兵器」と「気候温暖化」への対応
【橘玲の日々刻々】

アメリカの問題は「格差と停滞」、世界の問題は「核兵器」と「気候温暖化」

 最後に、「アメリカと世界を待ち受けるもの」についてダイヤモンドがどう考えているかを見ておこう。

 アメリカの問題は、政治だけでなくさまざまな分野で「二極化、不寛容、暴力的な言動」が増大していることだとされる。その結果、「エレベータに乗るために待つ人は、以前よりも降りる人を待たなくなっている」し、「他の車に道を譲らなくなっている」し、「40歳未満のアメリカ人は40歳以上のアメリカ人に比べて知らない人にあいさつをしない」のだという。

 その理由はSNSだというが、巷間に広く流布するこの説は「最近の若い者は…」という老人の繰り言の可能性がある。

[参考記事]
●「ネットによって社会の分断が起きた」のでなく「ネットメディアを使う人に政治的に過激な人が増えた」

 もうひとつのアメリカの問題は「格差と停滞」で、ここでは「アメリカンドリームは嘘だった」という興味深い研究が紹介されている。経済学者が成人の所得(あるいは世代ごとの所得順位)とその親たちの所得の相関関係を比較したところ、「アメリカは他の主要な民主主義諸国に比べて所得の世代間相関は高く、社会的流動性は低かった」というのだ。

 そのうえでダイヤモンドは、アメリカに必要なのは「未来への投資」だと述べる。それにもかかわらずアメリカの超富裕層は「解決策を見つけることに富と影響力を注ぐのではなく、自分と家族だけがアメリカの社会問題から逃避する方法を探し求めている」として、「ニュージーランド(先進国のなかでもっとも孤立している)に不動産を買うこと」や、「大金を費やしてアメリカ国内にある打ち捨てられた地下ミサイル倉庫を豪華な防空壕に改装すること」に血道をあげていると批判している。

 世界を待ち受けている問題は「核兵器」と「気候温暖化」だ。とりわけ気候変動については、代替エネルギー源として有力なのは原子力発電だとしてこう述べている。

 広島と長崎の記憶は――スリーマイル島やチェルノブイリ、福島によって強化され――アメリカ人や他の国の人々の原子力発電に対する思考を麻痺させてしまっている。繰り返すが、それでも、私たちは問わねばならない――原子力のリスクは何か、代替エネルギーのリスクは何か、と。

 スティーブン・ピンカーは『21世紀の啓蒙』で、格差の拡大よりも社会全体の富が増えることの方が重要だと主張し、核の脅威はたしかに本物だが過大に喧伝されているとする。このようにピンカーはあらゆる点で、「典型的なリベラル知識人」であるダイヤモンドと対立するが、気候変動では2人の主張が一致する。

 楽観主義のピンカーは「さまざまな面で地球環境は改善されている」として、「1970年以降、アメリカでは5つの汚染物質の排出量が約3分の2下がった」「農業の効率が増すにつれ、農地は温帯林に戻されつつある」「熱帯林に関してはいまだに破壊が甚だしいが、20世紀半ば頃と21世紀への変わり目頃を比べると、そのペースは3分の2低下した」などの証拠(エビデンス)を並べるが、気候変動については「間違いなく憂慮すべき事態にある」と認める。

 だが「自己犠牲の精神ではこの問題は解決しない」し、「解決のために途上国に犠牲を強いるのは間違い」だとして、人類が温暖化の危機から脱するための3つの方法を提言する。「炭素税」「原子力発電」「大気中の二酸化炭素を減少させる(将来の)イノベーション」だ。

 なぜ風力発電や太陽光発電のような代替エネルギーではダメなのか。それは広大な土地を必要とし、逆に環境を破壊してしまうからだ。

 ピンカーは、「世界のエネルギー利用の増大に追いつくには、毎年ドイツと同面積の土地を風力発電所にしなければならない」し、「2050年までに再生可能エネルギーで世界のエネルギー需要を満たすには、アメリカ(アラスカを含む)に加え、メキシコと中央アメリカ、それにカナダの居住地域を合わせた面積と同程度の土地を、風車と太陽光パネルで埋めなければならない」という。

 それに加えて、可燃物の燃焼による大気汚染や、化石燃料の採掘中や輸送中の事故では毎日多数の人が死亡しており、「石炭火力発電の場合、年間100万人が死亡している可能性がある」とされる。気候変動から地球を守り、なおかつ人命も守りたいなら原子力発電を推進すべきなのだ。

 ほとんどのことでまったく話が合わないだろうダイヤモンドとピンカーが、ともに原子力発電の大幅な拡大を主張していることは興味深い。

 ちなみに、ここでも日本の立場はきわめて危ういものになってきている。福島原発事故以来、日本の電力は化石燃料(とりわけ石炭発電)に頼るようになっているが、スウェーデンの少女が気候変動と闘うジャンヌ・ダルクになる時代には、こうした政策は早晩、維持不可能になることを覚悟しておかなくてはならないだろう。

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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