橘玲の日々刻々 2020年3月9日

道徳にきびしい社会ほど不道徳な行ないが増えていく
【橘玲の日々刻々】

 数々のヒット曲をもつシンガーソングライターが覚せい剤所持の疑いで再逮捕されました。本人が使用を否定していることもあり、現時点では真偽はわからないので、ここでは別の視点からこの問題を考えてみましょう。

 日本や東アジアは薬物に対して厳しく、世界的に合法化が進む大麻ですら刑務所に放り込まれ、薬物の密輸で死刑になる国もあります。それと同時に、薬物の使用は道徳的に許されないこととされており、芸能人ならCMの中止や番組の降板などきびしい社会的制裁を加えられます。

 ところで、「道徳」とはいったい何でしょう?

 学校は30人ほどの子どもたちを集めてクラスをつくりますが、これはお互いの名前や性格を覚えられる上限であると同時に、1人の教師が管理できる限界だからです。これ以上、人数が増えると「そんな奴いたっけ?」ということになり、ずる休みしたり好き勝手なことをしていてもわからなくなります。

 それにもかかわらず、大人数で共同作業しなければならない場面を考えてみましょう。ここで問題になるのは「抜け駆け」で、収穫作業でひとり占めしたり、戦争で自分だけ逃げてしまうメンバーばかりなら、正直者がバカを見るだけで、共同体はたちまち崩壊してしまいます。

 監視カメラがない時代にこうした利己的な行動を防ぐには、あちこちに監視者を置く必要があります。しかしこれは大きなコストがかかるし、その監視者が抜け駆けするかもしれません。そうすると監視者を監視する者を置き……という無限ループにはまりこんでしまいます。

 これではとうてい、共同作業などできません。だったらどうすればいいのか? じつはここで、私たちの祖先はとてつもなく効果的な方法を(進化のちからによって)見つけました。それが「道徳警察」です。

 人類がその大半を過ごしてきた狩猟採集社会では、抜け駆けする者は制裁の対象となり、殺されるか村を追われるかしたでしょう。ペットの育種(人為選択)と同じで、これを何百万年もつづけていると、抜け駆けすることに罪悪感を感じたり、ずるをする者に怒りを感じるようなプログラムが脳に埋め込まれるようになるはずです。

 共同体の全員が互いに監視し合うようになれば、もはや監視者は不要になり、きわめてローコストで集団を動かすことができます。これを「自己家畜化」といい、道徳の起源だと考えられています。

 家畜化の選択圧は、遊牧民族よりも、狭い土地にたくさんの人間が集住する農耕社会、とりわけ米作文化でより強くはたらいたでしょう。これがおそらく、東アジアが「道徳警察社会」になった理由です。

 薬物依存は欧米では「治療が必要な病気」とされており、日本でもほとんどの精神科医はこの立場です。ところが誰もが道徳警察官の社会では、薬物依存者は助けを求めることができません。なぜなら、その瞬間にすべてを失ってしまうから。

 依存症は、意志のちからで克服することがきわめて困難です。だとすればあとは、ひたすら隠れてその行為をつづけようとするだけでしょう。

 このようにして、道徳にきびしい社会ほど不道徳な行ないが増えていくのです。

『週刊プレイボーイ』2020年3月2日発売号に掲載


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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