今後、いっそう重要になるアドバース・セレクションの理解

 筆者は、アドバース・セレクションを理解することは今後のビジネスでいっそう重要になると考えている。実際、世界の経営学でも2000年代に入って応用研究が急速に進み始めた印象だ(図表2を参照)。アドバース・セレクション問題がビジネスの様々な局面でさらに顕在化する可能性が高く、そのメカニズムと解消法の理解が求められるからだろう。

(図表2)拡大画像表示

 第1に、近年盛り上がりを見せてきた起業ブームである。KDDIや楽天などに代表される既存の大企業がスタートアップ企業に投資したり、大企業とスタートアップ企業の協業が試みられたりするようになってきた。しかし、スタートアップ企業は若くて非上場なので(情報開示義務がないので)、その実態(私的情報)が外から見えにくい。結果として、大企業はスタートアップ企業と協業したくても、なかなかその1歩が踏み出せない。

 スタートアップ企業側も、エグジット(資金回収)の一手段として大企業に買収されることを検討するかもしれない。しかしアドバース・セレクション問題のために、外部企業になかなかその価値を信じてもらえない。実際、INSEAD(欧州経営大学院)のローレンス・カプロンとカナダのヨーク大学のジュンチン・シェンらが2007年に『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』(SMJ)に発表した論文では、1988年から1992年の世界各国企業のM&Aデータを使った統計分析により、社齢が若い非上場企業やハイテク業界にいる非上場企業は特に、上場企業と比べて買収対象になりにくいことを明らかにしている(※1)

 第2に、今後も国際的なビジネス活動が進展することだ。自国と言語や文化的・制度的背景が異なる国でビジネスを行えば、現地ビジネス・パートナーの私的情報を把握するのは難しい。オランダのグローニンゲン大学のデシスラバ・ディコバら3人が2010年に『ジャーナル・オブ・インターナショナル・ビジネス・スタディーズ』に発表した論文では、世界で1981年から2001年に行われた2389のクロスボーダーの企業買収データを使った統計分析から、買収企業と被買収企業の国の間に制度的な違いがあるほど、その企業買収案件は最終的に完遂に至らなかったり、あるいは完遂までに時間がかかったりすることが明らかにされている(※2)。制度的な違いから生じるアドバース・セレクション問題により買収交渉・手続きが難航するのである。

メルカリにみる、アドバース・セレクションの解消方法

 第3に、インターネットビジネスの発展だ。ネットビジネスには2つの面がある。まず、ネットビジネスの発展は、いままでつながっていなかった企業・人をつなげることで新たな取引を生んでいる。しかし、新たにつながったプレーヤー同士が互いに「顔の見えない」ネット上で取引をするのだから、当然情報の非対称性は大きく、アドバース・セレクションも生じやすい。一時は多くのC2C系のネット取引でトラブルがあったが、その背景にはこれがある。

 他方で、成功しているネット企業の多くは、アドバース・セレクションを巧みに解消しようとしているのも事実だ。日本を代表するスタートアップ企業であるメルカリは、その一例だ。同社はネット上でC2Cのフリーマーケット市場を提供するビジネスを展開している。ネット上で顔が見えない人同士が「中古品」の取引をするのだから、アドバース・セレクションが生じやすい典型だ。しかし、同社のサービスでは買い手・売り手の過去の取引評価が、誰にでも見えるようになっているので、取引相手がどれだけ信頼できるかの判断材料になる。

 さらに特徴的なのは取引システムだ。同社のサービスでは、売買が成立すると、まず買い手の支払金はメルカリがいったん預かる仕組みになっている。支払金がメルカリに預けられたことがわかってから売り手が商品を送り、そして買い手がその商品を受け取って状態を確認してから売り手をサイト上で「評価」し、それを受けて売り手も買い手のことを「評価」してから(互いに情報の非対称性がなくなってから)、初めて代金が売り手に払われるのである。このようにネット上の取引では、運営企業がネット技術を使ってどのようにアドバース・セレクションを解消するかが、成功のカギの一つなのだ。