ストックオプションに潜む「粉飾決算バイアス」の副作用

 経営者へのストックオプション付与には、「経営者が粉飾決算をするインセンティブが高まる」という副作用がある。モラルハザード問題を解消するために取り入れたはずの仕組みが、逆にモラルハザード問題を助長するのだ。

 特にこの問題は、企業の実際の株価が「オプション権を行使できる基準株価」を下回っている時に起きやすい。株価がその基準を超えない限り経営者はオプション権を行使できないから、何とかして株価を高めたいために粉飾に走るのである。メリーランド大学のケン・スミスらが2008年にAMJに発表した論文では、1996年から2001年の米国225企業のデータを使った統計分析から、この主張を支持する結果を得ている(※6)

 このように企業組織の抱える問題は複雑で、モラルハザード解消の施策を検討する際には、その難しさや副作用も慎重に考慮する必要がある。しかし逆に言えば、問題が複雑だからこそ、まずその「思考の軸」としてエージェンシー理論を理解しておくことが、ビジネスパーソンには重要なのだ。

企業組織の問題に直面したら、エージェンシー理論の要素に分解してみる

 部下の監督問題、リスクの取れない経営者、過剰投資、企業スキャンダルなど、企業組織のあらゆる問題の根底には、プリンシパル=エージェント関係とモラルハザードがある。したがって、ビジネスパーソンが組織の問題に直面したら、「誰がこの問題のプリンシパルで、誰がエージェントなのか」「何が目的の不一致になっているのか」「情報の非対称性の原因は何か」「目的の不一致を解消するインセンティブの仕組みはないか」などを考えることが、有効な思考の出発点になるはずだ。

※1)『日本経済新聞』2019年5月11日。また、「上場企業は社外取締役を2人以上選任すべき」という趣旨のコーポレートガバナンス・コードは、2015年から政府により適用された。なお、2019年には上場企業などに社外取締役の設置を義務づける会社法改正案が閣議で決定された。

※2)東京証券取引所『コーポレートガバナンス白書2019』

※3)ファイナンス分野で大量に研究が行われている。代表的な論文に La Porta, R. et al., 1998. “Law and Finance,” Journal of Political Economy, Vol.106, pp.1113-1155. がある。なお、この点については第35章で、親子上場の問題を引き合いに出して別途議論しているので、関心のある方はそちらもお読みいただきたい。

※4)詳しくは、注3で紹介した大湾(2017)などを参照。

※5)Cadsby, C. B. et al., 2007. “Sorting and Incentive Effects of Pay-for-Performance: An Experimental Investigation,” Academy of Management Journal, Vol.50, pp.387-405.

※6)Smith, K. G. et al., 2008. “CEOs on the Edge: Earnings Manipulation and Stock-Based Incentive Misalignment,” Academy of Management Journal, Vol.51, pp.241-258.