橘玲の日々刻々 2020年3月26日

「間接的攻撃」を多用する裏攻撃による
「女の子のいじめ」の研究
【橘玲の日々刻々】

 #MeToo運動で頻繁に登場したのが、“toxic masculinity”という言葉だ。これは日本語で、「毒々しい男らしさ」と訳されている。「男はマッチョであるべき」というマチズモのことだが、そこにtoxic(毒性の)というネガティブな形容詞をつけたことで、「セクハラやドメスティックス・バイオレンス、レイプなどの性犯罪の背景にあるのは過剰な男らしさだ」とのメッセージが込められている。

 こうしたフェミニズムの主張に対しては、当然のことながら男の側から反論があって、それが(例によって)アメリカ社会を二分しているのだが、興味深いのは男の側にも「男批判」に与する者がいることだ。

 一般に「リベラル」に分類される彼らは、「女は男より共感力に優れている」として、「女は善で(自分たち以外の)男は悪」と主張をしている(ように見える)。その多くは白人で、「黒人などのマイノリティは犠牲者で(自分たち以外の)白人は人種差別主義者(レイシスト)」という立場をとる(ように見える)。

 これがアメリカ社会で「保守vsリベラル」の憎悪を煽り立てる理由のひとつになっているのだが、このやっかいな話はちょっと脇に置いておいて、ここで紹介したいのは、当の女性のなかから、「共感力にあふれた女は素晴らしい」との賛辞に対して、「そんなわけないでしょ」との反論が現われたことだ。

 そのきっかけになったのが2002年に全米ベストセラーとなったレイチェル・シモンズの“Odd Girl Out : The Hidden Culture of Aggression in Girls”で、日本では『女の子どうしって、ややこしい!』(草思社)として翻訳されている。原題は「ヘンな子をハブる 女の子の攻撃性の隠された文化」という感じだろうか。2005年にはテレビドラマ化もされたようだ。

 女に子どうしのいじめは、日本では少女マンガやライトノベルなどのサブカルチャーが繰り返し描いてきた。アメリカも(たぶん)同じだろうが、シモンズの本が大きな反響を呼んだのはそれを社会問題として真正面から取り上げたからだ。それはいわば、“toxic femininity(毒々しい女らしさ)”の女性の側からの告発だった。

男の子の「直接的攻撃」に対して女の子は「間接的攻撃」を多用する

 シモンズがこのテーマに関心をもったのは、自身の「いじめ体験」からだった。8歳のとき、同じ小学校にアビーという人気のある女の子がいた。アビーとはとくに親しいわけではなかったが、あるとき理由もわからず、シモンズの親友に彼女のことを中傷した。すると親友は、「ほかの女の子たちと遊ぶのが楽しい」とシモンズから離れていった。

 シモンズがいまでも強烈に覚えているのは、次のような体験だ。

 「ある日の放課後、地元のコミュニティセンターで開かれるダンス教室に行ったときには、アビーが私の友だちを集めて、私から逃げるようにといいふくめた。私は必死で彼女たちの後を追い、息を切らしながらコミュニティセンターの劇場に入っていった。突然の暗闇に目をこらす。客席や舞台で、ぱたぱたという足音が聞こえ、追いかけていくと、笑い声がどよめいた」

 その日から、シモンズは女の子全員から「ハブられた」。「誰もいない薄暗い廊下、階段の吹き抜け、駐車場、どこにいてもひとりぼっちだった。悲しみに押しつぶされそうになりながら、こんな思いをしているのは自分だけだと思っていた」という。

 大学生になったシモンズは、たまたま6人の女友だちと夜食をつまみながら話をしていたとき、全員が同じようにいじめられた経験があることを知った。それが「女の攻撃性」を研究しようと思い立ったきっかけとなった。

 シモンズはまず、アメリカの知り合い全員にEメールで「ほかの女の子にいじめられたことがありますか? どんなふうだったか、説明してください。いじめの経験によって、どんな影響を受けましたか?」との質問を送り、「できるだけ多くの女性に転送してください」と頼んだ。

 24時間以内に、シモンズの受信トレイは全国からの返信でいっぱいになった。「みな何かに突き動かされたように、自分の体験談を語り、見ず知らずの女性たちが、この話をするのはあなたが初めてです、と書いていた」。

 次にシモンズは、「女の子のいじめ」がピークに達する10歳から14歳までにインタビューすることにした。対象となったのはアメリカの3つの地域(大西洋中部、北東部、ミシシッピー)の10校で、私立女子高、中流階級のユダヤ人学校、黒人とプエルトリコ、ドミニカ出身者が大半の学校など校風はさまざまだが、女の子たちの体験はとてもよく似ていた。

 このインタビューから、シモンズは女の子たちのあいだで“alternative aggression”が広く行なわれていることを発見した。男の子たちは殴り合いなど「直接的攻撃direct aggression」をするが、女の子はその代わりに別の(alternative)攻撃手法を使っているというのだ。これは日本語版では「裏攻撃」と訳されている。

 じつはノルウェーの社会心理学者カイ・ビョークヴィストが、1990年代に「女の子の攻撃性」を精力的に調べ、男の子の「直接的攻撃」に対して女の子は「間接的攻撃」を多用すると論じている。その後、ミネソタ大学のグループがこれを「人間関係を用いた攻撃」「間接的攻撃」「社会的攻撃」に分類し、以下のように定義した。

・人間関係を用いた攻撃:「人間関係、つまり、他人に受け入れられているという感覚、友情、グループの一員であるという意識にダメージを与える行為によって、他人を傷つけること」。無視する、仲間外れにする、嫌悪を示すしぐさや表情を見せる、相手とほかのひととの関係をこわす、自分の要求に応えないならつきあいをやめると脅すなど

・間接的攻撃:こっそりふるまい、相手を傷つける意図などまったくないかのように見せる。噂を流すなどして、他人を使う

・社会的攻撃:自尊心やグループ内の社会的ステイタスを傷つける。噂を流したり、社会的に排除したりする

 シモンズはこれらを「裏攻撃alternative aggression」としてまとめたうえで、「女の子のいじめは、結束のかたい仲よしグループの内部で起こりやすい。そのため、いじめが起こっているとは外にはわかりにくく、犠牲者の傷もいっそう深まる」とする。

 9年生(中学3年生)の8つのグループに「男子と女子では、意地悪の仕方にどんなちがいがあると思う?」と訊いたときに、女子生徒たちから次のように言葉が次々と出てきた。

 「女子は誠実でなく、信用できず、陰険だ。他人を操り、友だちを利用して人を攻撃する。たがいを踏み台にする。容赦なくて悪賢い。何かされたら、じっと復讐の時を待ち、相手が油断しているすきをけっして見逃さない。目には目を、とでもいうような残酷さで、「自分と同じ思いをさせてやる」のだ、と」

 もちろんこれは、“toxic femininity”を一方的に批判し断罪するものではない。シモンズの意図は、女の子たちがいじめに立ち向かい、よりよい人間関係をつくっていくためには、自らの内にある「攻撃性」から目を背けてはならないということだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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