利益のために相手を出し抜くことは「倫理的な善悪」ではなく「合理的な意思決定」に基づいている

 最後に、この3条件の背後にある大前提として、フィッシャーボディが、「取引相手の足下を見るような会社である」ということもある。このように相手を出し抜いてでも自分を利する行動を、「機会主義的な行動」(opportunistic behav-ior)と呼ぶ。

 ここで強調したいのは、機会主義的な行動はあくまで人・企業の合理的な意思決定として生じるもので、けっして善・悪といった倫理的な問題ではないことだ。経済学ディシプリンでは、人・企業は合理的に行動することが前提だ。

 したがって、先の3つの条件が揃えば、どの企業も「自社のために相手の足下を見る」可能性はある。少なくとも経済学ディシプリンでは、その可能性を前提に理論が組まれている。

ホールドアップ問題の解決策「市場取引の内部化」

 さて、ホールドアップ問題が生じている時(生じる可能性がある時)、企業はどうすべきだろうか。一つの賢明な判断は、当然ながら取引相手のビジネスを自社で内製化することだ。企業内部に取り込めば、ホールドアップ問題やそれを防ぐための大量の契約策定・交渉のコストが必要なくなるからだ。市場ベースの取引を企業に「内部化」(internalization)することで、取引にかかる様々なコストを解消することができる。

 その一手段として、取引相手を買収するという選択肢もある。実際、先の例ではこれ以上フィッシャーボディにホールドアップされ続けることを深刻にとらえたGMが、1926年に同社を完全買収している(※3)。GMは市場取引を諦め、クローズドな車体製造を内部化する決断をしたのである。

 これがTCEから得られる最も中心的で、かつ最も重要な命題である。すなわち、「市場でのビジネス取引において、(1)不測事態の予測困難性、(2)取引の複雑性、(3)資産特殊性、の3条件が高い時は、市場での『取引コスト』がかかりすぎるので、むしろ取引相手のビジネスを自社内に取り込んでコントロールすべき」ということなのだ。

※1)ウィリアムソンは一連の著作の中で、unforeseen contingencies(不測事態の予見困難性)とほぼ同義でuncertainty(不確実性)という言葉を使っている。しかし、本書では第10章で紹介するリアル・オプション理論でuncertaintyの概念を使うため、区別を明確にする意味でunforeseen contingenciesを使うことにする。

※2)これら3条件に加えて、(ウィリアムソンを中心に発展した)以前のTCEでは「取引の連続性」(frequency)がホールドアップ問題を高める条件に入っていた。例えばGMとフィッシャーボディの例なら、もし取引が1回きりで済むなら(例えば1年で終わるなら)、GMはフィッシャーボディに足下を見られても多少我慢すればいいだけだが、この状況が今後も続きそうなこと(取引が連続しそうなこと)がGMにとってホールドアップをより深刻にさせたからである。しかし近年は、取引の連続性はむしろホールドアップの可能性を下げる効果があるとも主張されており、ウィリアムソンも最近の著作では、連続性をホールドアップの要件に挙げなくなってきている(Tadelis, S. & Williamson, O. E. 2012. Transaction Cost Economics, The Handbook of Organiza-tional Economics, edit. by Robert Gibbons and John Roberts, Princeton University Press.を参照)。したがって、本章でも連続性をホールドアップの条件には含めない。

※3)Klein(1988)によると、GMは契約当初からフィッシャーボディに60%の出資を行っていて、ホールドアップ問題が深刻化してから残りの40%を追加買収した、というのが正確な事実のようである。しかし、ホールドアップや垂直統合の本質的な議論を説明するには大きな影響はない、と筆者は理解している。