橘玲の日々刻々 2020年4月27日

「企業の社会貢献」を標榜している会社が
テレワークを実現できない日本的な理由
【橘玲の日々刻々】

 新型コロナウイルスで東京、大阪などの自治体に次々と緊急事態宣言が出され、緊張感が高まっています。とはいえロックダウン(都市封鎖)のような強硬規制はすでに欧米諸国で当たり前のように行なわれており、同じことが日本でも起きる可能性があることはじゅうぶん予想できました。

 感染率は人間の移動と対人接触頻度の函数ですから、それを抑制しようとすれば「移動しない」「他人と接触しない」の原則を徹底するしかありません。これが「ステイホーム(家にいよう)」です。

 ところが日本では、緊急事態宣言の直前まで、ほとんどの会社が社員全員を当たり前のように満員電車で出社させていました。安倍首相から「出勤者を最低7割削減」するよう求められてはじめて、「これではマズい」と気づいたようなのです。

 日本を代表する生命保険会社は、緊急事態宣言を受けて、それまでの全員出社から「隔日出社」に変えたそうです。これでは5割削減にしかなりませんが、なぜそれ以上減らせないかというと、「自宅ではメールが見られないから」だそうです。

 日本でコロナウイルスの感染が見つかったのは1月16日、2月には韓国や台湾など東アジアだけでなくイタリアにまで感染が広がったのだから、準備する時間はじゅうぶんあったはずです。その間、経営陣はいったいなにをやっていたのでしょう。

 がっかりするのは、この会社が日ごろからSDGs(持続可能な開発目標)を掲げ、「企業の社会貢献」を高らかに宣言していたことです。

 満員電車で出勤する会社員が多ければ、そのぶん、医療関係者や物流、社会インフラなど、どうしても外出しなければならないひとたちが感染リスクにさらされます。感染が拡大して医療崩壊が起これば、多くの生命が失われます。そう考えれば、企業の最大の社会貢献が「社員を出勤させないこと」なのは明らかです。

 しかし現実には、一部の先進的な企業を除いて、日本の大企業はマスクと手洗いでじゅうぶんだと考え、社員を会社に集めて閉鎖空間での会議を繰り返していました。なぜなら、ほかの会社もそうしているから。これは「赤信号、みんなで渡ればこわくない」効果です。

 さらにがっかりするのは、経団連や連合までが満員電車での通勤を放置し、傘下企業にテレワークの数値目標を示すことすらしていないことです。これまでずっといってきた「企業の社会的責任」や「労働組合の責務」はいったいなんだったのでしょう?

 とはいえ、民間企業ばかりを責めることはできません。首相が「出勤者7割削減」を求めた以上、霞が関の官庁は率先して範を示さなくてはなりません。感染症対策に直接の関係がない役所・部門ならテレワーク率8割や9割でもおかしくありませんが、そんな話はどこからも聞こえてきません。

 「国会対応があるから」とか「重要な業務だから」というかもしれませんが、かけがえのない仕事をしているのは民間企業も同じです。官庁や自治体は、早急に自分たちのテレワーク率を公表すべきです。

 

『週刊プレイボーイ』2020年4月20日発売号に掲載

【追記】この記事について、「日本を代表する生命保険は、私の勤務している会社の事かと存じます」という方からメールをいただきました。それによると「隔日出社」は表向きで、営業部門を自宅待機させることで出社率を下げる一方で、事務部門は毎日出勤するよう命じられているとのことです。「SDGsを掲げ、社会貢献ばかり言っていたのに、嘘のようです」とのことでした。

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『上級国民/下級国民』(小学館新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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