文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。『噂の真相』にも一目置かれた女性記者陣“文春四天王”の仕事ぶりと素顔とは――。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

女性記者は猛女のみにあらず
光った細やかな気遣い

皇太子妃時代の雅子さま子育てと徹夜取材を両立させた女性記者・友納尚子さんは皇室記者。雅子妃への愛情深い記事を書き続けた Photo:JIJI

 女性記者は、向こう見ずな猛女なのかというと、そうでもありません。

 少年A両親の手記を出すにあたっては、この手記で加害者が金銭的利益を得るという批判にどう対応するかもひとつの壁でした。

 まずは本の印税をすべて、被害者への弁済に充てるということを公表することにしました。これも米国での先例を森下記者が探してきました。書籍発売と週刊文春での連載を同時期にして、その前に、被害者に謝罪の手紙を両親から出すことにして、そのお手伝いも森下チームの仕事でした。

「『少年A』この子を生んで」は、女性らしい細やかな配慮が満ちているからこそ、成立した記事だと今も思っています。

 森下、金子の先輩でもある四天王の1人・友納尚子さんも紹介しなければなりません。

 現在も皇室記者として大活躍です。事件で突然の出張があったり、徹夜があったりする週刊誌特集班という職場で、結婚、出産、子育てという難関をこなした最初の記者。今も現役のジャーナリストです。

 まだ、育児休暇などという制度が整っていないころ、ましてや正社員ではなく契約記者である友納尚子記者が職場を確保しつつ、子育てをするには、大変な苦労があったと思います(月給のほとんどが託児所費用になった時期まであるはずです)。

 彼女が雅子妃の心の病やバッシングについて、愛情深い記事を書き続けたのも、男性中心社会である記者の世界で闘い、生き残り続けた自らの思いと、雅子妃の苦悩にどこか接点を感じたからだと思います。