日本にいるとほとんど情報が入って来ない、中東諸国での新型コロナウイルス感染拡大の状況を、日本では珍しい女性の中東研究家として活躍する岩永尚子先生がわかりやすく説明します。
現在、日本では新型コロナウィルス(以下、コロナ)の感染は一時的に落ちついていますが、世界的には感染は広がりつづけています。
中東も例外ではありません。前編、後編に分けて、中東でのコロナ感染の現状について簡単に整理し、つぎに中東の政治的・経済的・社会的特徴と考えられる、多数存在する紛争地域、石油と出稼ぎ者への依存、イスラム教徒の多さ、の3点を中心に、コロナ感染による影響についてまとめてみたいと思います。そして、最後にポストコロナに向けた、興味深い動きについても紹介していきます。
イランから中東各国に、新型コロナ感染は広がった
中東で初めてコロナの感染が明らかになったのは、1月29日のアラブ首長国連邦(UAE)での、中国人夫妻の感染であったと言われています。その後、急速な感染が見られたのはイランにおいてでした。
2月19日、イランにおいてコロナによる初の死亡者が確認され、瞬く間に感染が広がっていきました。おそらく、咳をしながら汗をぬぐうハリルチ保健次官のニュース映像が、まだ記憶に残っている方も多いことでしょう(次官はその後回復し、無事に職務に復帰しています)。
イランからコロナ感染が広がった理由としては、中国との経済的な結びつきが深く、人的交流も多かったためだと考えられています。その後、感染がイタリアからヨーロッパに爆発的に広がり、世界の関心もヨーロッパやアメリカへと移っていきました。
中東への関心は薄れましたが、コロナの感染は中東においても確実に広がっています。イランの首都テヘランでは2月末から学校閉鎖、同下旬から商業施設および都市封鎖が行なわれ、3月以降、中東のその他の国々でも、程度の差はあるものの、学校や商業施設の閉鎖、集会や外出の禁止、都市封鎖など、感染防止のためのさまざまな措置がとられました。
とくに3月下旬から4月中旬にかけては、アフガニスタンやシリアといった紛争地ですら、外出や都市間の移動が禁止されました。ヨルダンやトルコでは外出禁止の違反者は厳しく取り締まられたようです。
ヨルダンでは外出禁止令を厳守させるために、政府が主食のパンを専用バスで配布したほどでした。トルコでは外出禁止令緩和5分前でも違反者は逮捕されたそうです。また、サウジ・アラビアやクウェートでは、違反者には高額の罰金(サウジでは約29万円、クウェートでは最高約350万円)が課されたそうです。
そして、イランでは4月中旬から、その他の国々では、ほぼ4月末ぐらいから5月上旬に、外出禁止令の緩和や、段階的に商業施設が再開されていきました。
けれども、感染の拡大が続いているため、例えばサウジでは、外出禁止の時間は短縮されたものの継続されています。UAEでも一部の州への移動には事前申請が必要です。トルコでは6月9日に、18歳以下と65歳以上の人々に課せられていた外出禁止令が緩和されました。ようやく、18歳以下は制限なしで、65歳以上については午前10時から午後8時までのみ外出が認められるようになりました。
現在、中東において最も感染者数が多いのは、イランで約17万6000人(総人口約8200万人)、ついでトルコ約17万2000人(約8200万人)、エジプト約3万6000人(約9700万人)、サウジ約10万9000人(約3300万人)となっています(6月7日)。これらの国々におけるコロナ感染による死者の数は、イランで約8400名、トルコ約4700名、エジプト約1300名、サウジ約780名で、イランでの死者数が多いことがわかります。
人口100万人あたりの感染者数をみると異なる結果になっています。人口100万人当たりの感染者数は、カタール3万2491人、クウェート1万2174人、UAE 7717人、サウジ4013人と、トルコ2067人やイランの2224人と比べても、湾岸諸国での感染者の割合が高くなっています。これは感染者が多いアメリカの6261人やイギリスの4491人と比較しても高いと言えるでしょう(6月11日)。
トルコやチュニジアなどでは感染は落ちついてきていますが、エジプトや湾岸諸国などにおいては感染者数が日々増加しており、感染者数のグラフは右肩上がりのままです。なお、最初に感染が拡大したイランでは、5月初旬にいったん落ちついたかのように見えましたが、現在、第二波に悩まされています。

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