人種間の対立をあえて煽るようなトランプ大統領の言動は
すべて選挙対策である、と言える根拠
【橘玲の日々刻々】

2020年6月18日公開(2020年7月1日更新)
橘玲

ライリーとのちにトランプの選挙対策本部長となるスティーブ・バノンとの出会い

 SCLはもともとイギリス国防省やNATOなどに対テロ対策を指南したり、中南米諸国に対ドラッグ戦争での心理戦(PSYOP)を提案していたが、ニックスが主導権を握るようになってから、有権者を心理的に操って選挙結果を動かすサービスに注力するようになった。ワイリーはまさに、その渦中に身を置くことになる。

 ワイリーの証言で興味深いのは、ケンブリッジ・アナリティカ誕生のいきさつだろう。それはちょっとした偶然から始まったという。

 2013年夏、アメリカ共和党の選挙コンサルタントをしていたマーク・ブロックとリンダ・ハンセンの2人が、たまたま飛行機で元軍関係者の男と隣合わせた。ブロックはすぐに寝てしまったが、この元軍人はサイバー選挙のコンサルティングに関わっており、ハンセンとの雑談のなかでSCLについて話した。

 飛行機が着陸すると、ハンセンは男から聞いた話をブロックに伝えた。マーク・ブロックは2012年の共和党大統領予備選で黒人保守派のハーマン・ケインの選挙対策本部長を務めた重鎮で、ミット・ロムニーがオバマに敗れたことで、共和党の新たな選挙戦略の構築に苦慮していた。この話に興味をもったブロックは、旧知のスティーブ・バノンに「イギリスの面白い会社」のことを教えた。

 スティーブ・バノンはオルタナ右翼の思想リーダーの一人で、トランプの選挙対策本部長として辣腕をふるい、大統領上級顧問兼主席戦略官として政権中枢に抜擢されたものの1年で辞任、ジャーナリスト、マイケル・ウォルフの暴露本『炎と怒り』(早川書房)でトランプの長男や娘婿のクシューナーを批判したためトランプとも疎遠になったとされる。

 バノンはきわめて興味深い人物で、1953年にヴァージニア州のアイルランド系労働者階級の家に生まれ、ヴァージニア工科大学を優秀な成績で卒業したのち海軍に入り、従軍中にジョージタウン大学で修士号(安全保障論)を、退役後にハーバード大学ビジネススクールでMBAを取得、投資銀行ゴールドマン・サックスのM&A部門で働くようになる。1990年に退職した後はメディア関連の投資会社を起ち上げて成功、この時期に保守派の市民運動・政治活動にかかわるようになった。

 2005年から08年まで、香港と上海でオンラインゲームの経営に携わったバノンは、保守系のニュースサイト、ブライバートニュースの創業者の死によって2012年に経営権を引き継ぐと、反オバマ、反ヒラリー・クリントンの大量のニュースを流すようになる。バノンがSCLにコンタクトをとったのはこの時期だった。

 SCLのアレクサンダー・ニックス(1975年生)は上流階級出身の億万長者で、2010年にはノルウェーの億万長者の女性と結婚したが、ビジネスの世界で成功するという強烈な欲望に動かされていた。とはいえ、大学で美術史を学んだニックスはテクノロジーには不案内で、アフリカや中南米などの政治家・富豪相手の営業は、ロンドンの由緒正しいクラブで大英帝国の歴史に畏怖させた後、ウクライナやルーマニア出身の金髪美女を斡旋する類のものだった。

 だがバノンは、美食や美女の接待になんの関心も示さず、ビッグデータや心理学を使った選挙戦略の詳細を知りたがった。そこでニックスは、ケンブリッジのホテルに宿泊するバノンのところにワイリーを派遣した。

 インターンの身分に近い20代半ばのワイリーがこのような重要な役目を命ぜられるのは奇異に感じられるが、当時のバノンはマイナーな右翼ニュースサイトのオーナーでしかなく、世界各国の権力者たちと毎日のように会っているニックスにとっては、たんなる潜在顧客の一人でしかなかった。同時に、ワイリーがそれだけ優秀だったということでもあるのだろう。

 バノンはこのときのワイリーのプレゼンテーションでSCLの心理操作に強い関心をもち、それを来るべき大統領選挙に使おうと考える。じつはバノンには、ヘッジファンド、ルネッサンス・テクノロジーズで巨万の富を手にした大富豪のロバート・マーサーというスポンサーがいた。こうしてバノンが、マーサーとSCLを仲介する。

 ワイリーはバノンと何度か話をする機会があったようだが、ケンブリッジでの最初の出会い以外の詳細は書かれていない。ワイリーの観察で興味深いのは、当時60歳のバノンが「サブカル右翼」に近いとの指摘だ。

 バノンはオンラインゲームの会社を経営しているとき、ネットの「炎上」騒動に巻き込まれた。自社のサービスがゲームユーザーの逆鱗に触れたのだが、そのやりとりのなかでネットに生息する若者たちの鬱屈に気づいたようだ。多くは「インセル“involuntary celibate/非自発的禁欲主義者”」を自称する非モテの男性で、性愛から排除され、社会や女性(フェミニズム)に強い怒りを抱いていた。バノンはその怒りが、社会を変革するエネルギーになると直観したのだ。

 ワイリーによれば、バノンは思想家というよりも、レーニンやトロツキーのような「革命家」だ。理想とする社会の確固としたイメージ(すべての個人が完全な自由を手にし、自助自立で生きていく夜警国家)があり、それを実現するために、社会の奥底でくすぶる大衆のマグマを噴火させようとしていた。

 バノンはその経歴からもわかるようにきわめて賢い人物だが、古典から学ぶようなことはせず、知識の多くをネットから得ていたようだ。宗教を信じているわけではないが、その言動はかなりスピリチュアルで、仏教やヒンドゥー教のダルマ(宇宙の秩序)について語り、「アメリカ人の運命」を実現する「救世主」を求めていた。その一方で、ギリシア・ローマにつらなる西洋の伝統が危機に瀕しているとの認識を保守派知識人と共有しており、だからこそロンドンではなくケンブリッジという「帝国主義の知識都市」に魅かれたのだろう。

次のページ

シリコン・バレーの大富豪の出資を受け「ケンブリッジ・アナリティカ」が誕生する

TOP