「祖父が考案したメニューが普通名詞になるまで広まったと最高裁が認めてくれた。料理人としてこれほど名誉なこともない」(『バイオRadio!』2011年9月11日放送での薩摩氏の話による)

 東京美々卯の役員(当時)が「私、会長(当時、薩摩氏は東京美々卯会長を兼任)より美々卯が好きかも」と言うと、薩摩氏はこう返した。

「私にとって美々卯は、好きか嫌いかじゃない。自分自身が美々卯だから」

 私が現場を訪ねた日、京橋店前にトラックが止まっていた。「機械を持ち出すんですか」と尋ねると、運転手は「いや、そば粉です」と答え、しばらくして大きな袋に入ったそば粉を台車で運び出した。機械も調理場も、今も変わらずあるという。

 都内の店長だった男性(44)は「望むのは店の再開です。ほかに技術を生かせるいい仕事はなかなかないですし、美々卯の仕事には誇りがあったし」。

 別の店でホール主任をしていた女性(21)は「仕事は楽しかったです。いろんなことを学べて。借り上げ寮に住んでいるのですが7月20日までに出なければならないと言われています。仕事も収入も住むところもなくなったら、生活ができないので不安です」と話す。

 常連客だった木下さん(前出)は閉店直前にも京橋店に行った。閉店を惜しんで、たくさんの客が詰めかけていた。

「みんな思ってるんじゃない、『何で(閉店したの)』と。もちろん、再開されたらありがたいよ」

 こうした従業員や顧客の声を、薩摩氏はどう受け止めているのだろうか。

訂正 記事初出時より、次の通り訂正しました。
1)タイトル:「「美々卯」一斉閉店の裏に再開発利権か、コロナ便乗解雇の深層」→「コロナ便乗解雇か、「美々卯」一斉閉店の深層」へ変更
2)1ページの記事リード:「り、会社解散の背景に「再開発利権」の存在を指摘する人もい」→削除
3)4ページの中見出し「京橋店の周辺で進む再開発計画」→削除
4)4ページ6段目からの下記→削除
「京橋店は中央区京橋3丁目にあった。1~4階が客席、5階が事務所、6~8階が社員寮。さらに地下の1・2階で出汁をつくりそばを製粉するなど、東京6店のセンター的機能を果たしてきた。
一帯を歩いてみると、アパホテルや警察博物館(PRセンター)など新しい建物だけでなく美々卯京橋店や行列のできるアジフライ屋、画廊などもあり風情を感じる。
実はこのあたりには再開発の計画がある。
「2年ほど前から地権者が集まって、再開発の話がされてきた。デベロッパーは豊富な実績を持つT社だ」と地元事情通は話す。
不動産登記簿によると、確かにT社は周辺の土地を少しずつ買い進めている。
 中央区内の街づくりにも関わる中央区労働組合協議会の椎葉紀男議長は、東京美々卯の佐藤社長を板前時代から知っていた。
「アベノミクスで中央区が特区にすっぽり入ったこともあり、東京駅周辺は再開発ラッシュです」と説明し、「美々卯の急な閉店も再開発絡みではないでしょうか」との見方を示す。
 都心の再開発で立ち退きとなれば、営業権を持つ店には多額の立ち退き料等が払われる。
再開発から生じる利益を美々卯東京には渡さず独り占めするために、薩摩氏が会社を清算させたのではないか――。
突然の閉店に、そんな疑念を抱く関係者もいる。」
5)6ページ4段目からの下記→削除
「投資家として考えれば、老舗の名店より再開発予定地にあるさら地のほうが、利回りがいいのかもしれない。
だが、創業から数えると12代目になるという薩摩氏には、代々続く老舗の血が流れてもいる。」
(2020年7月2日18:00 ダイヤモンド編集部)