今回はゲイリー・ラックマン『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』(ヒカルランド)を紹介したい。原題は“Dark Star Rising: Magick and Power in the Age of Trump” (ダークスター興隆 トランプ時代の魔術とパワー)。
トランプの大統領選出に介入したとされるイギリスの選挙コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカの内部告発者、クリストファー・ライリーは、“Mindf*ck”(マインドファック)でスティーブ・バノンというきわめて興味深い人物について述べている。バノンはトランプの選挙対策本部を仕切り、政権発足後は首席戦略官としてイスラーム圏からの入国制限令やパリ協定からの離脱、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)脱退を主導した。
[参考記事]
●人種間の対立をあえて煽るようなトランプ大統領の言動はすべて選挙対策である、と言える根拠
バノンの不気味な存在感はトランプ政権のなかでも際立っており、大きな注目を集めたものの、「バノンとは何者か」をメディアはまったく説明できなかった。それに対してラックマンは、トランプとバノンを生み出した背景には「自己啓発」と「魔術」があるというきわめて刺激的な主張をしている。
ゲイリー・ラックマンは1970年代後半に大ヒットを連発したアメリカのロックバンド「ブロンディ」の創設メンバーで、ベーシストだった(当時はゲイリー・バレンタインと名乗っていた)。なぜ人気バンドのミュージシャンがオカルト研究家になるのか? それを知りたいと思ったのもこの本を手に取った理由だ。
トランプ大統領に影響を与えたノーマン・V・ピールの「成功哲学」
ドナルド・トランプは父親のフレッドに連れられて、幼少期からニューヨーク5番街のマーブル協同教会の礼拝に出席していた。説教壇に立っていたのはノーマン・V・ピールという牧師で、1952年に出版したベストセラー本で知られていた。書名は“The Power of Positive Thinking(ポジティブ・シンキングのパワー)”で、日本では『積極的考え方の力 成功と幸福を手にする17の原則』(ダイヤモンド社)として新訳が出ている。ピールは「ポジティブ・シンキング」という言葉を世界じゅうに広めた自己啓発界の大物だった。
トランプは、人生で2人の師がいたことを認めている。ひとりは父親、もうひとりはピールだ。トランプはピールを「偉大な教師であり、偉大な演説者」と呼び、「心はあらゆる障害を克服できる。わたしはネガティブなことは考えない」と述べている。トランプの成功哲学は、ピールから直々に伝えられたものだ。
『積極的考え方の力』は、「自分自身を信じよう。自分の能力を信頼しよう」という言葉から始まる。なぜなら、「自分に対する自信は、自己実現と成功につながる」から。そのためには、つねに“成功”を思い描き、肯定的なことを口にし、神からちから(パワー)を受け取っていると信じることが重要だ。これだけならきわめて真っ当な人生訓に思える。
だがラックマンは、ピールの「ポジティブ・シンキング」はニューソート(New Thought/新思考)の系譜につらなるものだという。ニューソートは19世紀アメリカに興ったキリスト教の新潮流だが、その源流は古代ギリシアやインド(ヒンドゥー)にまでさかのぼる。その本質をひとことでいうなら、「思考は現実化する」だ。
ノーマン・ピールは、ジョセフ・マーフィー(『眠りながら巨富を得る』)、デール・カーネギー(『人を動かす』)、ナポレオン・ヒル(『思考は現実化する』)など初期のニューソート作家たちの本を読んで、「思考はものごとの原因になる」と理解した。その思想は、「祈り化(Prayerize)」「映像化(picturize)」「現実化(actualize)」の3ステップにまとめられる。
「心は現実に対して直接的に影響を与えることができ、精神的努力のみで「ものごとを実現する」ことができる」というのがニューソートの思想で、それはアメリカにおいて、「霊的成功(信仰)」と「現世的成功(経済的繁栄)」を両立できるという現代的なキリスト教思想を形成した。聖書は「カエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい」と説くが、ニューソートは「清貧」を否定し、カエサルのものも神のものも両方手に入れることができると説いたのだ。
ピールの説教は、当時から「異端」として批判されていた。祈りによって思考が現実化し、成功を手にできるとしたら、神はたんなるキャリアアドバイザーに成り下がってしまう。ピールは自己(成功)を神の上に置き、よい人生を手に入れるためにキリストを利用しているというのだ。
だが空前の繁栄を謳歌したアメリカでは、ピールの説教は熱烈に受け入れられた。経済的成功は神の恩寵の証明であり、強く祈れば夢は実現するというのは、成功を目指すひとびとがまさに聞きたいと思っていた言葉だったのだ。
こうした「成功哲学」は、アメリカ社会のすべてにわたって組み込まれている。It CAN be done(やればできる)、Just DO It(とにかくやるんだ)、Be All You Can Be(最大限の自分になれ)などのよく知られた言葉は、すべてニューソートの思想から生まれたという。
幼少時からピールの説教を聞いて成長したトランプは、アメリカ流の成功哲学の申し子だ。だがポジティブ・シンキングは、ときに「ライトマン(Right Man)」を生み出すとラックマンは警告する。これは「いかなる状況においても誤りを認めず、自分の道を貫くためなら何事も厭わない人間」のことで、つねに自分は正しく(right)相手は間違っている(wrong)と考える。ライトマンにとっては勝利がすべてであり、成功がすべてに勝る。
トランプは、あらゆるものごとを善悪二元論で解釈し、けっして誤りを認めず、取引はゼロサムゲームだとして勝利のみを追い求める。こうした発言・行動は奇矯なものに思えるが、それがアメリカ社会で(それなりに)受け入れられているのには理由があるのだ。
ピールは、「自分が肯定し、可視化したことは真実であるという仮定のもとで行動せよ。肯定し、可視化し、信じるのだ。そうすればおのずと現実化するだろう」と説いた。だが、どのような夢でも祈りによって実現できるとしたわけではない。ポジティブ・シンキングが有効なのは「達成可能な現実」だけで、「明らかに不可能なことや、起こる可能性が無いこと」を映像化しても効果がないという。
だがこれでは、「成功哲学はつねに正しい」ことになってしまう。強く祈っても夢が実現しないとすれば、それはもともと「達成不可能な現実」だったのだから。
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