橘玲の日々刻々 2020年7月16日

アメリカでリベラルと「レフト」が衝突する「人種主義Racism」。
「人種」概念の否定と遺伝的な「ヒト集団」が混乱を起こしている
【橘玲の日々刻々】

科学的に「人種」概念は否定されたものの、遺伝学的な「ヒト集団」の存在が明らかになった

 遺伝学における「テクノロジー革命(ヒトゲノムの解析)」によって、ヒト集団の遺伝的なちがいが浮かび上がってきた。 

 遺伝人類学によれば、「日本人」は遺伝的には、中国人、韓国・朝鮮人、台湾人、モンゴル人、チベット人などとともに「東アジア系」という主要なヒト集団に属している。また「日本」という国は単一民族ではなく、大きくヤマト人、アイヌ人、オキナワ人に分かれる(斎藤成也『核DNA解析でたどる日本人の源流』河出書房新社)。このようにヒトをさまざまなレベルの「遺伝的集団」にグループ分けすることは、「日本」や「日本人」というナショナリズムを相対化する有力な方法になる(「日本人の遺伝子」などというものはない)。

 だがこれと同じ考え方を、白人/黒人という人種問題に適用したらどうなるだろうか。

 アメリカのような多民族社会で、ランダムに選んだひとのDNAを調べると、遺伝子頻度のちがいで5つから6つの大きなグループ分けができる。そしてこの分類は、一般に知られている黒人、白人、アジア系などの「人種」とほぼ一致する。これは祖先がどこで暮らしていたかを示しているので、「大陸系統(Continental Ancestry)」と呼ばれる。

 なぜ人種と大陸系統が一致するかというと、ホモ・サピエンスが7万~5万年ほど前にアフリカを出てユーラシア大陸やアメリカ大陸、オセアニアなどに広がってから、それぞれの大陸で(相対的に)独自の進化を遂げてきたからだ。その結果、肌や髪、目の色などの表現型のちがいが現われた。これは遺伝的なものだから、DNAを解析すれば大陸系統によってグループ分けされるのは当然なのだ。

 もちろん、ヒトはずっと「大陸」を越えて交わってきた。これは国際結婚のような牧歌的なものだけではなく、人類史の大半を通して、戦争や略奪、奴隷制、性暴力などにともなって大陸系統間の交わりが起こるのが大半だった。

 その典型がアフリカ系アメリカ人(アメリカの黒人)で、祖先情報マーカー(SNPsを利用した大陸系統の分類)は西アフリカ系からヨーロッパ系に向けて広く分布している。これは白人と黒人の「混血」が多いからだが、DNA解析ではそれが父系か母系かまで判別できる。父系が白人、母系が黒人であれば、奴隷制時代のプランテーションの主人と奴隷の関係だったかもしれない(ジョルダン『人種は存在しない』)。

 このように、科学的に「人種」概念は否定されたものの、遺伝学的な「ヒト集団」の存在が明らかになり、詳細に解明されるようになった。これが「人種問題」に混乱を引き起こしたことはいうまでもないだろう。

 サイニーは『科学の人種主義とたたかう』で、リベラルな遺伝人類学者であるデイヴィッド・ライクにインタビューしている。サイニーはライクから「われわれが築く社会的な構造と相関する集団間の系統の違いは実際にあります」と断言され、大きなショックを受ける。

「ライクはアメリカの黒人と白人のあいだには、表面上の平均的な違い以上のものがあるかもしれないとほのめかす。それは認知的、心理的な違いにおよぶ可能性すらあり、アメリカにやってくるまで、それぞれの集団グループは7万年にわたって別個にそれぞれ異なる環境に適応してきたためなのだ。これだけの時間の尺度のあいだに、自然選択は双方に異なった形で作用し、一皮むいた以上に深いところの変化を生み出したかもしれないと彼は示唆する。ライクは思慮深く、これらの違いが大きなものだとは自分は考えず、1972年に生物学者のリチャード・ルウォンティンが推定したように、個人間の差異よりもわずかに大きい程度だろうと付け足す。それでも、こうした違いは存在しないとは考えていないのだ」

 インタビューのなかでライクは、(ヒト集団のちがいを否定する)サイニーに「まったく悪気のない人びとが科学と矛盾することを言うのは少々辛いものがあります。悪気のない人には正しいことを言ってもらいたいからです」と語る。

 この言葉に、科学と政治イデオロギーのあいだの埋めがたい溝が象徴されているのだろう。
 

 

橘 玲(たちばな あきら)

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 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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