年間100回以上、受講者数3万人を教えてきた企業研修や講演の中から、リーダーの悩みをピックアップ。内容によっては、「本当にこんなことが起きているの?」「ウチの会社ではこんなレベルの低いことは起きていないよ」と思うこともあるかもしれません。しかし、これらはすべて、実際に現場のリーダーが抱えている問題なのです。
 自分の意識を変えるのでさえ難しいのですから、部下の意識を変えさせるのはもっと難しいもの。そこで、新刊どう伝えればわかってもらえるのか? 部下に届く 言葉がけの正解から、シーン別にできるリーダーはどのような言動で接しているのかを紹介していきます。

できるリーダーは「これから思考」で部下の残業を減らしているPhoto by Adobe Stock

リーダーの不正解:仕事に区切りをつけて帰らせる
リーダーの正解:残りの仕事の目処をつけて帰らせる

 2019年4月に「働き方改革関連法」が施行され、大企業では残業時間の「罰則付き上限規制」が定められました。中小企業では2020年4月から適用されました。

 労働者の過労死等を防ぐため、残業時間を原則月45時間かつ年360時間以内、繁忙期であっても月100時間未満、年720時間以内(1年のうち6ヵ月まで)にするなどの上限が設けられ、これを超えると刑事罰の適用もされます。

 施行前から、定時退社を励行する会社も出てきました。過度な残業は、次の日のパフォーマンスにも悪影響が出てしまいがちです。

 リーダーAさんは、お願いしていた仕事が定時になっても終わらない部下Cさんに
(×)「今日は終わろう。明日やればいいよ」
 
と優しく声をかけます。

 定時退社が励行されているので、無理に残業させるわけにはいきません。

 しかし、「早く帰る」ようには言ったものの、「成果を出すこと」と「定時退社」の両立が難しいと感じているリーダーの方は多いと思います。

 どのように言葉がけしたら明日以降の仕事が進み、リカバリーすることができるでしょうか。

…>「これまで思考」から「これから思考」へ

 シカゴ大学の心理学者ミンジョン・クーとアエレット・フィッシュバックの研究を紹介します。

 大事な試験を控えた大学生を2つのグループに分け、グループ1には「憶えなければならないことが52%残っている」と伝えました。そしてグループ2には、「すでに48%は憶えた」と伝えました。

 結果、グループ1のモチベーションはグループ2よりも格段に上がりました。

 2人は、目標に対して「これまで思考」と「これから思考」の2つの視点があるといいます。

「これまで思考」とは「どこまでやり遂げたのか」に視点を向ける思考スタイルです。実験の例でいうと、グループ2の「48%憶えた」という点に目を向けています。

 一方で、「これから思考」とは「あとどれだけやらなければいけないのか」に視点を向ける思考スタイルです。実験の例でいうと、「52%残っている」という点に目を向けています。

 実験の通り、「これまで思考」より「これから思考」で未来に目を向けるほうがパフォーマンスは必然的に上がります。逆に、「これまで思考」は気を緩めてしまうのです。

 このケースでは、リーダーAさんの「今日は終わろう。明日やればいいよ」は、早く帰るように言ったつもりなのに、部下Cさんは「これまで思考」に陥っています。「今日の仕事はここまでで大丈夫だったんだ」と脳が思ってしまうのです。

 翌日、昨日の続きから手をつけますが、問題なのは何も変わっていないことです。仕事のペースを上げるためにやり方を工夫することはなく、それではパフォーマンスはよくなりません。なぜなら、Aさんの言葉が「これまで思考」で「今のままで大丈夫」と感じさせるものだからです。

 ですから、明日以降のパフォーマンスを上げるためにも、「これから思考」の視点を持たせる必要があります。それには、定時に近くなったときに、
(○)「今日は終わろう。残り5分で明日以降、どう進めていくかを考えよう」
と伝えればいいのです。その5分でフィードバックを行います。

「現時点での状態はこれで残りはこれだけある。明日以降どうリカバリーしていくか」と「これから思考」で気づきを与え、一緒に考えていきます。

 また、これまでの作業で気づいたいいやり方があれば、「明日以降使っていこう」と話します。

 翌日は、前日話した改善点を踏まえて、やり残したパートに取り組みます。当然、パフォーマンスも上がるわけです。

…>1日の終わりにフィードバックを

 1日の終わりに部下が自らフィードバックし、翌日以降、「これからどう改善するか」を考えることは非常に効果的です。「これから思考」は仕事が遅れているか否かにかかわらず、翌日以降の仕事をスムーズに進める意味でも有効なのです。

 翌朝、仕事に取りかかろうとしてもエンジンがかからない、気持ちが乗ってくるまで時間がかかるといったロスを最小限に抑え、前日の終了時点と同じフローの状態で仕事に取り組めるという効果もあるのです。

 残業の規制が強化されている今日、「これから思考」を意識し、今日1日得た経験を内省し、そこから得られる学びを明日以降に生かしていくことは部下の成長にもつながります。

 ただし、ここで注意したいのは、わざわざ報告させるなどの手間をかけないことです。フィードバックに使う時間はもちろん5分以内です。そうでなくては継続できません。

 ポイントも、「今日、時間配分がうまくいかなかった要因は?」「今日やってみて思ったより時間がかかったなと思ったことは?」という、今日の仕事に対する内省・気づきと、「明日以降、取り入れたいことは?」「明日以降、注意したいことは?」といった明日以降、どう生かすかの2つに絞ります。
このように、部下自身で自問自答することで、時間に対する意識を持ち、常に工夫を生み出そうと考えるのです。たまに、リーダーからも前述の質問をしていくといいでしょう。

 そうすることで、翌日スムーズに仕事を始められ、スピードもだいぶ速くなります。結果、残業せずに、今まで以上の仕事量をこなせるようになっていくのです。

【ポイント】
1日の仕事を終える前に、次の日は仕事をどう進めていくかを常に意識させることで、仕事への取り組み方が変わっていく