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怪しい主張(9)
新型コロナウイルスによるパンデミックの影響を回避するため、これを機にサプライチェーンを一国内で完結できる規模に縮小し、地産地消とすべきである。

 今回の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大といった、その影響がグローバルに及ぶ災害が起きると、「兵站(へいたん)の長いグローバル・サプライチェーンは脆弱性をはらんでいる。したがって、これからはすべて地産地消のローカル・サプライチェーンにしよう」という極端に走る意見が出やすい。

 すでに、こうした一方的な縮小均衡を唱える主張がちらほら聞こえていますが、「グローバル・サプライチェーンにおける競争力と頑健性(ロバストネス)(復旧能力や対応能力)のバランス」という重要な視点が欠けており、持続可能な長期戦略とはとうていいえません。

 人間は、大災害が起こった時、その猛威に圧倒され、緊急対応に集中するあまり、長期的な大局観を見失いやすい。人間の心理として致し方ないとはいえ、我々は「グローバル競争に日々身を置いている」ことを忘れてはいけません。各国ばらばらのローカル・サプライチェーンへと萎縮するのは、羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くようなものです。

 あらためて確認すべきは、得意な国で集中生産し、相互に輸出する「比較優位立地」、主に輸送費の高い製品や部品については各国で分散生産する「現地生産立地」という2つの基本論理を踏まえたうえで、競争力と頑健性のバランスが取れたグローバル/ローカル・サプライチェーンを構築するのが、今回のパンデミック以前でも以後でも変わらない「長期全体最適のグローバル経営」の原則であることです。したがって、直近の緊急対応は当然のことながら、今後のアフターコロナ時代における各国の産業競争力、グローバル産業構造、グローバル/ローカル・サプライチェーンの地理的配置の変化などにも、いまから目を向けておく必要があります。

 日本は、そもそも地震や水害など、自然災害の多い国です。そのため、日本製造業のサプライチェーンの復旧力、災害への対応力は、国際的に見て非常に優れています。事実、阪神淡路大震災や東日本大震災といった大災害の時も、日本国内の優良企業・優良現場は、迅速な復旧能力を発揮しました。

 ただし、それも「見える国内災害」によって設備などが物理的に破壊された場合であり、今回の新型コロナウイルスのように感染症の世界的な拡大といった「見えないグローバル災害」は未知の領域です。すなわち、第1に世界各地に散らばる工場のどれが止まるかわからない、第2に設備に不都合はないが、ウイルスの侵入によって従業員が出勤できないという2点において、これまでに経験してきた大災害とは様相を異にしています。

 とはいえ、これまでに蓄積してきた見える国内災害への対応力を、見えないグローバル災害に援用し、グローバル・サプライチェーンの競争力を損なうことなく、その頑健性を強化できるかもしれない。言い換えれば、サプライチェーンにおける競争力と頑健性をバランスさせることであり、また目の前の緊急事態に対応すると同時に、長期を見据えたグローバル競争にもしたたかに対応することにほかなりません。

 見える災害と見えない災害の基本的な違いは、前者の場合、広域的な大地震や津波、水害であれ、局地的な火災や爆発であれ、自社やサプライヤーの「工場の中」が被災します。対策としては、日頃の予防策に加えて、被災時におけるサプライチェーンの早期「復旧(リカバリー)」能力──これは(1)被災現場の復旧と、(2)代替生産の能力の2つから成ります──がカギを握ります。

 一方、後者、すなわち感染症などの見えない災害の場合、被災しているのは「工場の外」であり、その対策は、工場の中をいかに守るか、つまり外への「防御(ディフェンス)」です。今後データによって検証する必要がありますが、組織能力構築の歴史と現状を考え合わせると、日本の優良企業・優良現場は、前者の復旧能力のみならず、後者の防御能力も他国よりも相対的に高いといえるでしょう。

 その際、問われるのがサプライチェーンの「柔軟性」です。平時には、グローバル・サプライチェーンをのびのびと動かし、遺憾なく競争力を発揮する。かたや有事の時には、不測の状況変化に応じて復旧能力、代替生産能力、防御能力を発揮できるように、日頃から頑健性に磨きをかける。

 より具体的には、生産ラインの「バーチャル・デュアル化」、すなわち設計情報の迅速な移転によって、1本の生産ラインに2本分の機能を潜在的に保有させることが効果的ではないかと考えます。こうすることで、平時においてはグローバル競争に対応したサプライチェーン、有事には、海外拠点を含め、コンパクトなローカル・サプライチェーンに一時的に縮小させることが可能になります。それは、「バーチャル・ローカル・サプライチェーン」、あるいは「グローバル・ローカル・サプライチェーン」と呼べるものです。

 なお、災害の事前対策について、よくいわれるのが、在庫の積み増しであり、生産ラインの複数化です。しかし、先に述べた「競争力と頑健性のバランス」を踏まえるならば、当該製品や生産工程の競争力の低下を引き起こさない場合に限って選択されるべきであり、緊急時に需要が急増する医療品や安全保障に関わる品目を別とすれば、安易に在庫を積み増すべきではありません。そんなことをすれば、競争力や組織能力の棄損を招きかねないからです。あくまでも災害への対応能力を構築することが基本です。

 日本の国内工場の場合、賃金が相対的に高いという弱点が依然残るとはいえ、生産性、品質、柔軟性など基礎能力の水準が高い「戦うマザー工場」であり、しかも見える災害に対するサプライチェーンの復旧能力のみならず、見えない災害に対するサプライチェーンの防御能力の面でも、グローバル・サプライチェーンの競争力と頑健性を両立できる組織能力を備えています。

 アフターコロナの時代において貿易財のグローバル・サプライチェーンを再構築していく過程の中で、日本のこうした「逆境に強い工場群」ならば、国際的評価と存在感がむしろ高まってくる可能性があると考えます。