著者も述べるように、冷静になってみれば、恐喝まがいの取立てで問題になったのはすべてヤミ金業者ばかりで、「脅迫テープ」に見られるような極端な取立ては消費者金融では見られなかった。しかし、消費者金融の創業者が長者番付に名を連ねていることや、派手なテレビCMへの反発もあって、いつのまにかヤミ金と消費者金融を同一視することが当然とされるようになった。
こうしたメディアの論調に便乗するように、自民党の金融調査会では、「貸すも親切、貸さぬも親切」が合言葉となって、消費者金融に対する規制強化が声高に主張されはじめた。ヤミ金と消費者金融は別物であるという“正論”など通る余地はなく、上限金利の引き下げに加え、借り手の年収に応じて融資額を制限する「総量規制」が議論されるようになる。
ところで著者は、出資法の上限金利を引き下げたことによって貸金業者の廃業・撤退が促された一方で、大手業者による貸し込みが激しくなったことを指摘する。考えてみればこれは当たり前で、生き残った体力のある業者が低い金利でこれまでと同じ利益を維持しようとすれば、融資額を増やすほかはないのだ。
政治家が上限金利を引き下げたことで大手業者の寡占と貸し込みがもたらされ、その弊害に驚いてさらなる規制に乗り出す。マッチポンプとはこのことだ。
そもそも近代社会では、私的所有権や私的自治とならんで契約自由が原則で、公序良俗に反しないかぎり当事者同士でどのような契約をするのも自由だ。所得に応じて融資額の上限を決める「総量規制」はきわめて特殊な政策で、先進国では例がない。
金融庁は各国の貸金業制度を調査し、アメリカ、ドイツ、フランスでは上限金利は設定されているものの総量規制はなく、イギリスにいたっては上限金利規制すらないことを把握していた。イギリスでも過去に上限金利を導入する動きがあったが、消費者保護団体までもが、「(優良な借り手が)短期資金の融資が受けられなくなる恐れがある」と反対した。
日弁連は、高い金利で融資することが自殺の原因になっていると主張したが、だとしたらイギリスの自殺率(10万人あたり6.4人)が日本の自殺率(同25.8人)の4分の1しかないという事実を説明できない。こうした客観的なデータはすべて不都合なものとして闇に葬られ、マスメディアでも一切報道されず、消費者金融を敵役とする勧善懲悪の図式がもてはやされた。
2006年に、全国信用情報センターは、大手消費者金融などの貸金利用者は約1200万人で、そのうち5社以上の消費者金融から融資を受ける「多重債務者」が230万人にのぼると発表した。だがこのデータは、多重債務者問題の深刻さとともに、消費者金融を利用する1200万人のうちおよそ1000万人(83%)は優良な借り手であることをも示している。彼らは自らの意思で消費者金融から融資を受け、それを期限までに返済しているのだから、その自由な商行為に国家権力が介入する理由はどこにもない。
総量規制が完全施行される半年前の2009年12月に日本貸金業協会の行なった調査では、利用者の5割が、「規制」対象となる年収の3分の1以上の借入者に該当していることが明らかになった。所得別では、年収300万円以下では利用者の73%、301万~500万円では43%、501万円~700万円では34%、701万円以上では29%が借入規制の対象になってしまう。
このように総量規制は、貧しいひとたちを合法的な無担保・無保証融資から締め出し、優良な利用者を法の保護のないヤミ金へと追い立ててしまうのだ。
1200万人のうち1000万人が正常な借り手だとすれば、総量規制はそのうち500万人の善良な利用者の犠牲のうえに成立する。著者が繰り返し述べるように、このような法律が正当化できるはずはない。
2006年1月、最高裁は「シティズ判決」で、それまで「グレーゾーン金利」での貸付を認めていた貸金業規正法の「見なし弁済規定」を実質的に否定した。これにより、すでに完済し終わっているケースも含めて過払い金返還請求が可能になり、弁護士や司法書士の「過払い金バブル」が起きたことはよく知られている。弁護士のなかには過払い金返還請求で巨額の利益をあげ、税務署に所得隠しや申告漏れを指摘される例も相次いだ。最高裁判決は弁護士に“特需”をもたらし、同時に司法制度の信用を失墜させたことになる。
著者のいうように、改正貸金業法の総量規制だけでなく、「借地借家法」や「モラトリアム法(金融円滑化法)」など、弱者保護を名目に導入され、市場の機能を破壊し、法の正義を歪め、結果的に弱者をより苦しめることになった“欠陥法律”はほかにもある。だがこうした法律は、「弱者の仮面をかぶった既得権者」に利益をもたらし、わかりやすい勧善懲悪の話を求めるマスメディアがもてはやすから、改正や廃止はきわめて困難だ。
自らの政治家時代を振り返って、著者は日本の政治が「サイレントマジョリティ(声なき多数)」のためのものではなく、「ノイジーマイノリティ(声の大きな少数の既得権者)」によって動かされていることを慨嘆する。
リベラルなマスメディアは小泉政権(劇場型政治)や橋下・大阪維新の会(ハシズム)をポピュリズムと全否定するが、自らが市場を破壊し、法を歪め、社会的弱者により大きな困難を与えるポピュリストであることにはまったく自覚がない。本書を一読すれば、ポピュリストがポピュリストを批判する日本の政治の寒々しい光景が見えてくるだろう。
執筆・作家 橘玲
<Profile>
橘 玲(たちばな あきら)
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。最新刊『(日本人)かっこにっぽんじん』(幻冬舎)が発売中。ザイオンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』をオープン。
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