橘玲の日々刻々 2020年8月21日

日本ではほとんど報道されない、
BLM運動の嚆矢となった「ファーガソン事件」の真相と
背景にある黒人の犯罪率の高さ
【橘玲の日々刻々】

 警官の過度な制圧によって黒人男性が死亡した事件をきっかけに、アメリカ各地で抗議行動の嵐が吹き荒れた。BLM(ブラック・ライヴズ・マター/黒人の生命も大切だ)運動の背景には、人口比に対してきわめて多くの黒人が逮捕・収監されているアメリカの現実がある。

[参考記事]
●コスト削減で確実に利益を出し続けるため「人間倉庫」と化したアメリカ民営刑務所の実態

 「アメリカの警察・司法システムは黒人に対する人種的偏見に満ちている」との批判には説得力があるが、その一方で警察を「人種差別の巣窟」と全否定し、地域から警官を排除することを求める左翼(レフト)の主張に違和感をもつひとも多いのではないだろうか。シアトルでは実際に、アートと文化の中心である高級住宅地の警察署を閉鎖させ、市民の自治によって運営するコミューン「キャピトルヒル自治区」が誕生したが、連日のように銃撃による死亡事件が起きたことで、活動家たちはわずか1カ月で撤退を余儀なくされた。

 理想主義者によるコミューンの実験に対してシアトル市長は当初、「もしかしたらわたしたちは“愛の夏(サマー・オブ・ラブ)”を過ごせるかも」と好意的だったが、保守派は「警察がいなくなれば犯罪者集団が好き勝手なことをやるだけだ」とはげしく反発した。結果として保守派が正しかったわけで、リベラルなメディアも、キャピトルヒルに続こうとした各地のコミューン運動については腰の引けた報道しかしなくなったようだ。

 ところが日本では、こうした保守派の主張はほとんど紹介されることがない。そこで今回は、代表的な保守派知識人の一人で、法律家でもあるヘザー・マクドナルドがファーガソン事件(後述)のあとに出版した“The War on Cops: How the New Attack on Law and Order Makes Everyone Less Safe(警官との戦争:法と秩序への新たな攻撃はいかにすべてのひとびとの安全を低下させるか)”を見てみたい。タイトルはWar on Drugs(麻薬戦争)のもじりで、過剰な警察への批判が善良な市民(とりわけ犯罪多発地域で暮らすマイノリティ)の生命と財産を危険にさらしていると主張し、大きな論争を引き起こした。

「ファーガソン事件」は警察官の正当防衛であり、射殺は適法な警察権の行使だった

 2014年8月9日、ミズーリ州のセントルイス郊外にあるファーガソンで、18歳の黒人男性が白人警官によって射殺される事件が起きた。11月24日、ミズーリ州の大陪審が警官を不起訴処分にすると、この決定に抗議するデモが全米各地に広がった。この「ファーガソン事件」をきっかけにBLM運動が広く認知されることになった。

 日本のメディアではこの事件を「銃をもたない黒人少年を白人警官が射殺した」などと説明している。だがマクドナルドからすると、これは悪質な反警察のプロパガンダだ。なぜならこの事件は警察官の正当防衛であり、射殺は適法な警察権の行使だったからだ。

 高校を卒業したばかりの「黒人少年」は身長193センチ、体重132キロで、事件当日の昼、友人と2人でコンビニ店に入り、そこにあった葉巻の箱をつかんで店員を押しのけて店を出ている(この様子はビデオカメラで撮影されており、のちに警察によって公開された)。

 その直後、単独でパトカーを運転していた白人警官が車道の真ん中を歩く黒人の若者2人を見つけ、歩道に移動するよう命じた。その後、車内の警官と若者が窓越しにもみあいになり、葉巻の箱をもった男が殴りかかってきた。警官は銃を取り出して地面に伏せるように命令したが、男がその銃をつかんで奪おうとしたため車内から2発射ち、男は右手を負傷した。これは警官の証言だが、事件直後に撮影された警官の右頬に殴られたような跡があり、パトカーの周囲で2個の薬莢が発見され、運転席ちかくに血痕があることから、状況証拠とも整合性がある。

 右手を撃たれた男が逃げ出したため、警官はパトカーを出て後を追った(男の友人はパトカーの陰に隠れた)。警官が止まるよう命じると、男はいきなり向き直って、アメリカンフットボールのタックルのように頭を下げた態勢で警官に向かって突進してきた。そこで警官は10発の銃弾で男を射殺した。

 これも警官の証言だが、銃撃の状況は詳細に検証されており、男が警官から逃げているのではなく警官に近づいていること(前向きに倒れた死体の後ろに血痕がある)、前傾姿勢で撃たれていること(銃弾が頭部を貫通している)が確認されており、録音されていた銃撃時の音声とも整合的だ。

 白昼に起きたこの出来事の目撃者の証言は大きく2種類に分かれる。ひとつは警官の証言を補強するもので、発砲は正当防衛だとした。もうひとつは「警官は背後から銃撃した」「手を挙げて無抵抗の意思表示をしているのに撃った」「地面に伏せているところを射殺した」などの証言で、こちらはメディアで大きく報じられ巷間に流布したが、どれも状況証拠とは大きく異なっており、それを指摘したうえでなおも宣誓証言する意思があるかを確認すると、いずれの証人も証言を撤回した(このため裁判では採用されなかった)。

 この事件の記録は公開されており、英語版Wikipediaにも詳細な記述があるが、マクドナルドの主張とほとんど同じだ(同じ記録に基づいているのだから当たり前だが)。以上を考慮すると、陪審員は証拠に照らして警官の拳銃使用を適法と判断し、不起訴処分にしたとするのが順当だろう。

 それにもかかわらずリベラルなメディアは、「大陪審の不起訴決定を不服とするマイノリティの抗議行動によってアメリカ社会が不穏な(unsettle)状況に陥った」のように、射殺に至る事実関係に触れずに都合よく事件を捻じ曲げ、大衆扇動に利用したとマクドナルドは批判する。メディアの記述はたしかに間違ってはいないものの、これでは読者のほとんどは大陪審の決定が人種的偏見に基づく不当なものだと誤解するだろう。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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