アラブ 2020年9月4日

[教えて! 尚子先生]
なぜ今、UAEとイスラエルは国交正常化に合意したのですか?【中東・イスラム初級講座・第49回】

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新型コロナ感染が世界中で拡大するなかで、突然発表されたUAEとイスラエルとの国交正常化合意。その背景には、なにがあるのでしょうか。日本では珍しい女性の中東研究家として活躍する岩永尚子先生がわかりやすく説明します。

 2020年8月13日、トランプ米大統領は、UAE(アラブ首長国連邦)とイスラエルが国交正常化に合意したことを発表し、ツイッターで「歴史的な和平合意」と称賛(自画自賛?)しました。

 イスラエルがアラブ諸国と国交正常化したのは、実に26年ぶりのことでした。イスラエルと国交を結んだアラブの国としては、エジプト(1979年)、ヨルダン(1994年)につづいて、UAEが第3番目の国になります。
 
 そのため、このニュースはかなりの衝撃をもたらしました。今回はイスラエルとUAEの国交正常化の背景やパレスチナ問題の現状、なぜ今国交正常化なのか、などについて説明してみたいと思います。

エルサレム旧市街【撮影/AIC】

「パレスチナ問題」とはなにか

 まず、この合意を理解する大前提として、パレスチナ問題を知る必要があります。とても簡単に(ひじょうに荒っぽく)言えば、パレスチナ問題とは、パレスチナという土地をめぐる、ユダヤ人(イスラエル)とアラブ人(パレスチナ)の争いです。

※詳しくは、以下の記事を参照してください。
「教えて! 尚子先生「パレスチナ問題」とはなんですか?<前編>」【中東・イスラム初級講座・第13回】
「教えて! 尚子先生「パレスチナ問題」とはなんですか?<後編>」【中東・イスラム初級講座・第14回】

 この問題の起源は西ヨーロッパにおける近代国家建設にさかのぼります。西ヨーロッパでは18世紀から、単一民族もしくは同質性の高い集団が、国家を建設するという原則のもとに近代国民国家が形成されていきました。その過程において、ユダヤ人が締め出されてしまったのです。
 
 はじきだされたユダヤ人は、パレスチナに帰還し、そこで国家の建設を試みました。第二次世界大戦中のヒットラーによるユダヤ人迫害によって、パレスチナへの移住は拍車がかかり、1948年には現実にイスラエルという国家が建設されるに至ったのです。
 
 イスラエルが建国された土地はもちろん無人ではなく、後にパレスチナ人と呼ばれることになるアラブの人々が暮らしていました。アラブ人たちは自分たちに不利な国連の分割案に基づいたイスラエル建国を拒否しました。

 そのため、イスラエルは建国と同時に、建国を認めないアラブ連合軍と戦うことになりました(第一次中東戦争)。この戦争によって、70万~100万といわれるパレスチナの人々が家や土地を追われ、周辺地域への避難を余儀なくされました。
 
 このような事情から、建国当初イスラエルはまさに四面楚歌の状態でした。中東での唯一の例外はトルコで、トルコのみがイスラエルと国交を結んでいました(トルコは中東のイスラム教徒の多い国ですが、主要な国家の担い手はアラブ人ではなくトルコ人です)。

 周辺のアラブ諸国がパレスチナの人々を支援した理由は、オスマン帝国支配下にあった人々が国家建設を試みる際に、宗教ではなくアラビア語を話す人々をアラブ人(アラブ民族)として一つの国を作るべきだと考えたためです。

イスラエルと国交樹立したエジプト、ヨルダンと2つの暗殺事件

 第二次世界大戦後、現在のようなアラブ諸国家ができあがった後にも、パレスチナの問題はアラブ人全体の問題として捉えられ、その解決が「アラブの大義」であるとされました。そのため、イスラエルとアラブ諸国との国交は長らく樹立されませんでした。建国から約30年が経過し、ようやくエジプトとの国交が樹立できました。
 
 エジプトは1967年の第三次中東戦争の敗北によって、イスラエルにシナイ半島を占領されました。1973年の第四次中東戦争でも、エジプトはシナイ半島を奪還することができませんでした。度重なる戦争によって財政状況が悪化したために、サダト大統領はイスラエルとの対立という方針から一転、1979年には平和条約を結び、国交正常化を図ったのです(これによりシナイ半島は返還)。

 この平和条約は自国の領土回復のために「アラブの大義」を裏切るものだとして、周辺アラブ諸国からの激しい批判にさらされました。エジプトは、一時、アラブ連盟からも除名されたほどでした。サダト大統領は平和条約締結を理由にノーベル平和賞を受賞したものの、条約締結から2年後に、和平に反対したエジプト人によって暗殺されました(国交は継続)。

 イスラエルと国交を正常化させた第二番目の国はヨルダンでした。ヨルダンとイスラエルとの平和条約は、1993年のパレスチナとイスラエルとの間のオスロ合意を受けたものでした。オスロ合意とは、ノルウェーの外相の仲介によって、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)との間に結ばれたものです。

 この合意では、パレスチナ問題の話し合いのテーブルに初めてパレスチナ人の代表がつき、両者の相互承認とパレスチナ人の自治が定められました。これをうけて、イスラエルとの最も長い国境を有し、大量のパレスチナ難民を受け入れてきたヨルダンが、自国の安全保障の強化と和平からの経済的な見返りを受けられるよう国交正常化に踏み切ったのでした。
 
 そのため、エジプトほど周辺アラブ諸国から非難されることはありませんでした。この合意によりイスラエルのラビン首相はノーベル平和賞を受賞したものの、またもや国内の和平反対派によって暗殺されたのでした。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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