いま若者や起業家、経営者の間で、その「熱さ」が大きな話題を呼んでいる本がある。若手トップのベンチャーキャピタリスト、佐俣アンリ氏のデビュー作『僕は君の「熱」に投資しよう』だ。
シード期(まだプロダクトもなく事業計画のみの段階)のベンチャー企業に対する投資ファンドとして国内最大である300億円のファンドを運営する佐俣氏は、いま日本で最も熱い投資家の一人だ。
その佐俣氏の古くからの友人で、彼から投資を受ける起業家でもあるのが古川健介(通称:けんすう)氏である。大学生時代から掲示板「したらば」の運営会社社長となり、卒業後はリクルートを経てハウツーサイト「nanapi」を起業、現在はマンガ情報サービス「アル」を手掛ける著名な連続起業家である。
そのお二人に、『僕は君の「熱」に投資しよう』の内容を素材として、投資家と起業家の実態や、「熱」を持つ若者へのメッセージなどを思う存分語り合っていただいた。意外にも公式での対談は初めてという超レアな(でも、親しみとホンネあふれる)対談をお楽しみいただきたい。
全3回でお送りする対談連載の最終回は、生きる上での「場」の効用について。(構成:金藤良秀、撮影:田口沙織)

けんすうがGMBにいる理由

──リクルートで出会ったお二人は現在、ANRIのオフィスがある「Good Morning Building by anri」(以下、GMB)で一緒に仕事をされているわけですが、けんすうさんがGMBに入ったきっかけは何だったんでしょうか?

佐俣アンリ(以下、佐俣) けんすうさんが「新しく会社をつくろうと思う」と言ってアルを立ち上げるときに、僕が誘わせてもらったのがきっかけです。

古川健介(以下、けんすう) そうですね。最初はアンリの隣の席をもらって。

努力の9割を使ってでも<br />「レベルの高い場所」に入るべき理由古川健介(ふるかわ・けんすけ)
1981年生まれ。大学時代、「JBBS@したらば(通称:したらば掲示板)」運営会社の社長を務める。リクルートを経て、ハウツーサイト「nanapi」を立ち上げる。同社サービスを継承したKDDIグループのSupership株式会社では取締役を務めた。2019年、アル株式会社代表取締役に就任し、漫画コミュニティサービス「アル」をリリース。愛称は「けんすう」。ツイッターは@kensuu

佐俣 是非、いて欲しかったんですよね。けんすうさんのような成功した起業家って、遠くにいると神格化されちゃうんです。だから、あえて若い起業家と同じ場所で普通に仕事をしてもらいたかった。若い起業家たちに、それを直接見てほしいと思ったんです。

 けんすうさんが横でワイヤーフレームを書いていたり、黙々と事業構想を練ったりして努力しているのを見れば、単純に神格化はできなくなります。そういう状況がいいんですよ。

けんすう これは僕もアンリも共通して思っていることですけど、交流会とか取材で話すときって「成功までにはこんなすごいことがあった」的なエピソードがウケるのでどうしてもそういう話をしちゃうんです。

 でも、実際にはアイデアやワイヤーフレームがボロボロの段階から試行錯誤してリリースまでたどり着いてるわけです。そういう部分をちゃんと伝えたほうがいいって考えてます。べつに特別な環境にあった人が成功しているわけじゃない、誰だってこんな何でもない場所から始まっているんだって、リアルに感じられたらなって。

佐俣 けんすうさんが若い起業家から刺激を受けることもあると思いますし。

けんすう そうですね。僕はインターネットや起業の話が大好きなので、そういった話題でたくさん声を掛けてもらえるのは超楽しいです。

 僕から特別に何かを教えるわけではなく、一緒に考えられるので自分の学びも大きいんです。その意味では、すごくあの場所は好きですね。GMBは一定規模まで成長したら次の会社に譲る雰囲気があるんですけど、どうやったらこれからも出て行かないで済むか考えているくらいです(笑)。

アンリとけんすうが考える「場」の効用

けんすう アンリの『僕は君の「熱」に投資しよう』には「生きる場所を、選び間違えるな」という章がありますけど、僕もまったく同感で、場所はめちゃくちゃ大事だと思っています。

 プログラマーでエッセイストでもあるポール・グレアムが書いた「都市と野心(Cities and Ambition)」というエッセイがあります。都市はそれぞれが人に対してメッセージを発しているという内容なんですけど、すごく好きで。

 僕は「都市とウェブサービスは密接に結びついている」と考えていて、グローバルプラットフォームがシリコンバレーじゃないと生まれづらいとすれば、渋谷や六本木という場所からしか生まれないウェブサービスだってあるはずだろうと。

佐俣 なるほど。

努力の9割を使ってでも<br />「レベルの高い場所」に入るべき理由佐俣アンリ(さまた・あんり)
ベンチャーキャピタリスト
1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、カバン持ちとして飛び込んだEast Venturesを経て、2012年に27歳でベンチャーキャピタル「ANRI」を設立し、代表パートナーに就任。主にインターネットとディープテック領域の約120社に投資している。VCの頂点を目指し、シードファンドとして日本最大となる300億円のファンドを運営する。著書『僕は君の「熱」に投資しよう』。ツイッターは@Anrit

けんすう かつ、ある場所に人が集まることによる「集積効果」もデカくて、徒歩20分の距離を移動しなければ会えないのと、徒歩1分の場所にいるのとでは、得られるメリットがまったく違うと思うんです。近ければ近いほど無駄な話をする量も増えるんですよね。必要な情報は会議やオンラインでも手に入るんですが、もっと生の話の価値が高い。そして、近ければ近いほど無駄話が生まれ、生の情報が手に入る。

 だからGMBに起業家が集まるのは、成長する上でめちゃくちゃ合理的だと思います。できればあの周辺一帯に似たような場が増えて、起業家の多いエリアが形成されるとさらにいいと思いますね。

佐俣 けんすうさんのいう「集積」で特に大事なのは、クールな人間だけを集めることだと思います。クールな人間同士が集まると相乗効果が生まれやすいんですよ。

 逆に成長意欲がない人とか詐欺師みたいな人がいる場所って、クールな人にとって非常に居心地が悪い。だからみんな出て行っちゃうんですよね。場の効用が失われるんです。

けんすう たしかにGMBにはそういう変な人がいない安心感がありますね。なんていうか“ちゃんとわかってる”人しかいない。

佐俣 一流のスポーツチームがそうですけど、トップレベルの選手が集まると、その場の「当たり前」が高いレベルで自然に醸成されるんです。だから僕も成長度の高い「場」をつくるためにイケてる人を集め続けています。

 挑戦したい人や成長したい人は、そういう人が集まる「場」を探して入っていくことがすごく大切だと思います。