インフラ? あれでも良くなってます(笑)

良い意味で現地リスクを“割り切る”こと<br />ミャンマー進出を成功させたマニーの胆力(1)まつたに・かんじ/1964年4月、松谷製作所(現マニー)入社。65年10月、専務取締役就任。69年5月、代表取締役専務就任。86年11月、代表取締役社長就任。2004年11月、取締役会会長兼代表執行役社長就任。2010年11月、取締役会議長兼執行役会長就任。96年5月のベトナム進出、99年のミャンマー進出など、同社の海外進出の陣頭指揮をとり、同社の成長の基礎を築いた。

 「特にインフラがダメっていうのはすごく感じましたが、私としては、『インフラはうちの商売の場合そんなに問題にならない。それよりもそこで働く人たちの気概だよな』って、そんな風な感覚で……」

 松谷貫司・マニー取締役会議長兼執行役会長は笑いながら、言葉をつづけた。

「でも現実に道は悪いし、今でも実際インフラ面では苦労していますが、当時に比べるとあれでも相当よくなっていますよ」

 笑って振り返れることばかりではなかったはずの過去も、今だからこそ、そう言える。それこそが、この会社の積み重ねてきた現地での経験の賜物だ。

 ミャンマーにおいて、実際に事業を行うということは、どういうことなのだろうか。ミャンマー人の従業員のポテンシャルを十分に引き出すには、何が必要なのか。またミャンマーで事業展開する上で、やってはいけない点は何なのか。ミャンマーでの工場管理において、重要な点は何か。工場設立においては、どのような点に配慮すべきなのか――。

 今後、ミャンマーに進出する製造業にとって、いずれも避けて通れない考察論点だ。その答えのヒントを知るには、長年ミャンマーで実際に事業を展開して、その過程を経験してきた企業に、話を聞くのが一番だ。とりわけ筆者は、海外進出慣れした大企業よりも、全社的にリスク感を感じながら海外進出を行っている中堅企業のほうが、具体的な説明を聞くことができると考えた。なによりも、今後、中堅企業の進出はますます多くなる。そのためにも、身の丈に合った経験を聞いておきたいと考えた。

 その観点から今回取り上げるのは、栃木県宇都宮市を本拠地とし、医療用器具において確固たる地位を築いているマニー株式会社だ。