橘玲の日々刻々 2020年10月8日

これまでの常識を覆される
最終氷河期の終わりのメソポタミアに建造された
きわめて高度な「人類最古」の宗教施設"エデンの神殿"の謎
【橘玲の日々刻々】

 宗教学者レザー・アスランはテヘランに生まれ、イラン革命で家族とともにアメリカに亡命し、子ども時代に神=宗教に魅かれるようになってキリスト教に入信した。ハーバード大学神学大学院などで宗教史を学んだあと、現在はカリフォルニア校リバーサイド校で教鞭をとっている。

 歴史上の人物であるイエスと、その後の「創作物」としてのキリストを論じたアスランの『イエス・キリストは実在したのか?』はアメリカで20万部を超えるベストセラーになったが、その理由のひとつはアスランがキリスト教からイスラームに改宗したことだった。それも主流であるスンニ派ではなく、少数派のシーア派のなかのさらにマイノリティである(異端ともされる)スーフィーに帰依していたのだ。

[参考記事]
●イエス・キリストは実在したのか?

 新著『人類はなぜ〈神〉を生み出したのか?』(文藝春秋)でアスランは、キリスト教やイスラームにとどまらず、人類はどのように“神”の物語をつくってきたのかを論じている。原題は“GOD A Human Story(神 人類の物語)”。今回はそのなかから、とりわけ興味深かったメソポタミアの神々についての章を紹介してみたい。おそらくこれまでの常識が覆るだろう。

「宗教によって農耕が始まった」

 トルコ南東部、シリア北部との国境から数十キロのところにある古代都市ウルファ(現在のシャンルウルファ)は「エデンの園」と呼ばれている。メソポタミア北部のこの地が、旧訳聖書で描かれたエデンのようにティグリス川、ユーフラテス川を含む4つの川の間に位置することもあるが、より重要なのは、そこから15キロほど北東の高い山の尾根の頂に「ギョベクリ・テペ」があることだ。

 ギョベクリ・テペは「太鼓腹の丘」の意味だが、“エデンの神殿”ともされる。なぜならこれが「人類最古」の宗教施設だからで、考古学者は1万4000年前から1万2000年前の最終氷河期の終わりに建造されたと考えている。

 この遺跡が考古学者たちを驚かせたのは、先史時代につくられたにもかかわらずきわめて高度な建築物だからだ。それは以下のように描写されている。

(ギョベクリ・テペは)モルタルもしくは石でできた20以上の円形もしくは楕円形の大きな石囲いで構成されている。星雲のような渦巻き状のものもある。複数の建造物から成る神殿群は縦横それぞれ300メートルもある。それぞれの石囲いの中央部分に巨石墓のようなT字型の2つの同形の柱が対になって建てられており、中には高さ5メートル以上、重さ10トンを超えるものもある。中央部の柱には、ライオン、ヒョウ、ハゲワシ、サソリ、クモ、ヘビなどの獰猛な獣や危険な生物が彫り込まれている。旧石器時代の洞窟壁画に見られるような、幻想的な、御しやすい動物は一つもない。柱には、これらの獣のほかに、複雑な作業を伴う幾何学的な形や抽象的なシンボルの浮彫や彫り込みが見られる。これらは、同等の古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)よりもさらに古い、記号言語の一種であるというのが有力な説になっているが、それらを解読する鍵はまだ見つかっていない。

 ここで確認しておきたいのは、この壮大な宗教建築物がメソポタミア(肥沃な三日月地帯)で農耕が始まる“前”につくられたことだ。あらゆる証拠からみて、当時のひとびとがティグリス川やユーフラテス川の畔で狩猟採集生活をしていたことは間違いない。巨石を運ぶのに必要な車輪は発明されておらず、馬や牛のような家畜もいなかった。

 さらに驚くべきは、「この場所にだれも住んでいた形跡がない」ことだ。ひとびとは半径百数十キロ以内くらいに分布する村々から旅をして、神殿で行なわれる何らかの祭儀に参加していたらしい。メソポタミアで最初期の農耕文明(ウバイド文化)が始まったのが紀元前6500年頃とされているから、その5000年以上前から神事を執り行なうための純粋な宗教施設が存在していたのだ。

 イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』で、「ホモ・サピエンスの体格は獲物を追うのに適していたが、土地を開墾し畑を耕すのには向いていなかった」として、農業革命を「史上最大の痛ましい経験」だとした。それまで幸福に暮らしていたのに、なぜ農耕などという“苦役”に耐えなくてはならなくなったかというと、更新世終わりの突然の氷河期(ヤンガードリアス)で環境が激変し、狩猟採集で生きていけなくなったからだとされる。

 これが現在の定説だが、アスランは考古学的な証拠と整合性がとれないとする。近年では、農耕は「多様な食べ物の入手が可能な、比較的複雑で豊かな社会で、しかも周辺の資源の乏しい地域に囲まれているところで生じている」ことが明らかになってきたからだ。

 そこでアスランは、「宗教によって農耕が始まった」との説を唱える。

 ギョベクリ・テペのような大規模な宗教建造物を人力だけで完成させるには、相当な労力を投入し、気の遠くなるような年月をかけなくてはならなかっただろう。神殿の周辺に定住の痕跡がないということは、ひとびとが狩猟採集生活をしながら片手間で建設に従事したのではなく、穴を掘ったり石を切り出したりする石工・職人ら多くの労働者が建設現場に集まっていたはずだ。

 こうした専門家集団を維持するには、神殿建設作業のあいだずっと、食糧を安定して供給する必要があった。そうなると、周辺の村々から集めた穀物などを運び込んだり、建設現場の近くをうろつく野生の牛やガゼル、イノシシ、アカシカなど仕留めるだけでは、すぐに足りなくなってしまったはずだ。

 こうしてひとびとは、より多くの食糧を安定して確保するために、周囲に自生する食用植物の種を撒いたり、捕獲した野生の動物たちを囲いに入れて飼っておくようになったのではないか(これならいつでも殺して食用にできる)。発掘記録によれば、ウシ、ヒツジ、ブタ、ヤギはすべて、ギョベクリ・テペのあるトルコ南東部で、神殿建設とほぼ同時期に家畜化されはじめている。宗教=神殿の建設とともに新石器時代の幕が切って落とされたのだ。

シュメールの神話では神は「人間そっくり」だ

 ギョベクリ・テペの古い遺跡では、T字型の柱に横に伸びる腕が彫られ、両腕は各柱の前方で重ねられ、すぐ下方にベルト、もしくは腰布のようなものがあてがわれている。それにもかかわらず、柱の上には「帽子をかぶせるかにように小さな石の塊が載せられている」だけだ。

 だがこれは、当時のひとびとの彫刻技術が未熟だったからではない。動物像のなかには細部まで彫り込まれているものもあるのだ(ある柱の側面に彫られたヒョウはあばら骨まではっきり見分けることができる)。

 だとすれば、像に顔がなく、目も鼻も口も彫られていないのは意図的なもので、「神の姿をわざと抽象的なものにした」ことになる。先史時代のひとびとが思い描いていた“神”は人間の似姿だったが、人間そのものではなかった。あまりに具象的だと崇高な存在にならないのだ。

 宗教の歴史は、最初に太陽や月、奇岩や大木に神が宿るとするアニミズムの「原始宗教」があり、それがギリシアの神々のような人格神になって、やがて洗練された一神教として完成したとされる。だがギョベクリ・テペが明らかにしたのは、ひとびとが最初から人格神を崇拝していたことだ。

 しかし、これは当たり前の話だとアスランはいう。神々のことをよく知りたいと思えば、すでにある知識を基盤にする以外にない。ひとびとがもっともよく知っているのは、自分たちのことだ。こうしてごく自然に、神は人間の似姿になっていく。

 神々には食べ物が必要だ。なぜなら、私たちに食べ物が必要だからだ。そこで私たちは神々に犠牲を捧げる。神々には私たちと同じように住まいが必要だ。そこで神々のために神殿を建てる。神々にも名前が必要だから、名前を付ける。私たちに個性があるように、神々にも私たちと同じような個性を与える。神々には私たちの現実社会を根拠とした神話的な歴史や、神々が私たちの世界を経験できるような、一定の形を持った祭儀も必要だ。神々の願いごと(それは私たちの願いごとにほかならない)を成就するための奉仕者や従者、神々の居心地のよさを保つためのしきたりや規則も必要だし、神々の怒りを招かないように祈りや嘆願もしなければならない。つまり、神々が必要としているのは宗教である。そこで私たちはそれを発明することになる。

 紀元前4000年頃、ティグリス・ユーフラテス川の下流にあるメソポタミア南部でシュメール人が、水に濡れた粘土板に葦を削った太目のペンで楔型の文字を刻むようになり、「歴史」が始まった。

 シュメールの神話からは、ひとびとが“神”をどのようにイメージしていたかがよりはっきりわかる。それによれば、シュメール人の神々は幼時に乳を飲ませてくれる母親から産まれ、成長すると恋をして結婚し、性交し、子どもをつくり、家族とともに家に住んで、血縁関係によって巨大な「聖家族」を形成する(しばしば息子と父親はライバルになっていさかいを起こす)。神々は食事をし、酒も飲み、仕事の不満を述べ、たがいに議論もすれば争いもするし、負傷して死ぬこともある。「もっとわかりやすい言葉でいえば、人間そっくり」なのだ。

“神”はシュメール語で「イルー」と呼ばれたが、それが聖書ではヘブライ語の「エロヒム」、クルアーンではアラビア語の「アッラー」になった。「天界の神々を人間に変貌させていくことによって、私たちは人間を地上の神々へと変貌させていく」のだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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