麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく新連載。第6回となる今回からは、わかっているようで、じつはいまいちわからない、経済学と経営学の違いに迫ります。(佐々木一寿)

「この4月に、甥が大学に入るんだがね」

 そう顔をほころばせながら話をする嶋野は、そうとうの叔父馬鹿ぶりを感じさせるに十分なウキウキ感を漂わせている。

「へぇー、それはおめでとうございます! 学部はどこなんですか?」

 末席はいかにも興味があるふうに聞いてはいるが、じつはそうでもない。

「それが経済学部なのだよ」

 嶋野は「私の影響かもしれない」と言わんばかりの笑みを浮かべている。

「お祝いはもうされたんですか?」

 末席は、手元のキーボードを叩きながら相槌をうっている。

「いや、まだなんだ。入学祝に何がいいかを聞いたら、クルマがいいと言うんだよ」

 叔父としてはまんざらでもない、そんな表情をしているが、明らかに甥のお願いは求めすぎだな、と末席は思った。

「ただ、クルマは事故が心配なので、どうしたらいいかなと思っていて」

 嶋野は甥の失望と身の危険とを秤にかけているようだ。ハムレットのように苦悩している。

「クルマは環境に負荷がかかるからって、なにかほかのものにしてもらえばいいじゃないですか」

 末席は、嶋野を苦悩の淵から救うべく、もっともらしい理由を考えた。決して嶋野の甥がクルマのある豊かなキャンパスライフを堪能することを妬んでいるわけではないんだ、と自分に言い聞かせながら。

「ただ、そうすると、こんどは『じゃあ、環境負荷のより小さいバイクでいい』と言われたらどうする、もっとリスクが高まる上に、断る理由も失ってしまう」

 交渉術の本の読みすぎなのか、相手の出方を即座にいろいろと想定するクセがついているようで、ウーンと唸っている。