もうかれこれ半世紀近く前の話になるが、大学の原書購読の時間に、高坂正堯先生に、地政学を教えていただいた記憶がある。テキストは確か、マッキンダーだった。加えてハウスホーファーやマハンも一部読んだのではなかったか。領土問題を巡る昨今の報道を眺めているうちに、先生の教えを思い出した。

国は引っ越せない

 偽善を嫌い、リアリストであられた先生は、よく学生の意表を突かれるのが常であった。いくつか記憶の糸を手繰ってみると、先生が学生に教えようとされたことは、概ね以下のようなものではなかったか。

●国は引っ越せない

「隣近所との庭先の境界線争いが長引いた場合、個人なら心機一転、引っ越せばいいが、国は引っ越せない。ここが、個人と国との大きな違いであって、引っ越せない以上は、例えいくら嫌な隣人であっても、どこかで折り合いをつけるしかない」

「日本は世界の歴史上、とても特異な状況に置かれている。境界争いが生じると、普通は、合従連衡を考え、隣近所のどこかと手を結ぼうとするのが常態だが、日本はソ連(当時)、北朝鮮、韓国、中国、台湾という隣近所全ての国と境界争い等、紛争の火種を抱えている」

「境界争いは、昔は戦争で片を付けた。戦争が出来なくなった現在では、知恵(外交)で解決するしかない。知恵がなければ、時間に託すしかない。たとえ根本的な解決にはつながらなくても、当面は現状を維持(ステータス・クオ)して、静かにしている方がいい。毎日スピーカーで互いにがなり立てていると、安眠すらできないではないか」