経済学者、起業家、ニューヨークタイムズ紙など、多方面から絶賛を受けた「お金」と「生き方」のバイブル『DIE WITH ZERO』の邦訳版が発売となった。日本でも、著名な起業家、書評家、投資家、マネー系YouTuberなど、多方面から「滅多にない超良書」「これぞ理想の生き方」と絶賛の声が相次いでる。
人生を最大化するために、金と時間をどう使うべきか? タイトルにある「ゼロで死ね」の真意とは?さまざまな気づきを与えてくれる本書の邦訳版『DIE WITH ZERO ~人生が豊かになりすぎる究極のルール』から、その一部を抜粋して紹介する。

「経験」は、最高の投資先である

 重要なのは、「どの年齢でどれくらい金を稼ぎ、どれくらい楽しい経験に金を費やすか」だ。これを自らの意思でコントロールしていくことで、あなたは人生の満足度を表す曲線の形を変えていけるようになる。

 そもそも経験が投資対象に見なせるのかについて考えてみたい。経験には時間と金がかかるが、実現することで喜びも得られる。だから、経験それ自体に価値があることはわかってもらえるはずだ。

 では、なぜ「経験」を「将来への投資」だと見なせるのか。

 まず、投資とは何かについて考えてみよう。投資と聞くと、株式や債券、不動産といった言葉を思い浮かべる人は多いはずだ。これらの投資に共通するのは、将来の収入を生み出すためのメカニズムだということだ。

 たとえばIBMの株を買うとき、後で購入額よりも高く売却して利益を得ることを考える。少なくとも、毎年いくらかの配当を手にすることを期待する。不動産投資も同じだ。物件を購入するときは、後で転売して利益を得るか、誰かに貸して家賃収入を得ることを考える。

 では次に、このアイデアを少し広げて、普段はそれを投資だとは見なしていない領域にも当てはめてみよう。たとえば、大学に通う子どもがいる親は、なぜ毎年数万ドルもの学費を支払うのだろうか。それは、それだけの価値があると考えているからだ。

 親はこのとき、賃貸物件の購入を検討している人たちと同じように、投資的な判断をしているといえる。実際、経済学でも、教育への支出は「人的資本への投資」と呼ばれることがある。

 こんなふうに、私たちは自分や人に投資をしている。将来的に見返りが得られると思えば、いつでも投資ができる。

 では、ここからさらにこのアイデアを押し広げ、「投資によって得られる見返りは、金銭的なものでなくてもいい」と考えてみよう。たとえば父親が娘に泳ぎ方や自転車の乗り方を教えるのは、その新しいスキルを身につければ将来的に彼女が給料の良い仕事を得られると思っているからではない。

 経験も同じだ。時間や金をかけて何かを経験するのは、その瞬間を楽しむためだけではない。経験は私たちに、尽きることのない「配当」を与えてくれる。

 それが、「記憶の配当」だ。経験は、継続的な配当を生み出す。なぜなら、人間には記憶があるからだ。私たちはSF映画の登場人物とは違い、朝、過去の記憶が一切消された状態で目を覚ましたりはしない。頭のなかには、すぐに取り出せる記憶がぎっしり詰まっている。

 記憶は私たちが現実世界でうまく生きていくために欠かせない。たとえば目の前に「丸いノブが突き出た大きな長方形のパネル」が現れたとき、私たちは毎回「これは何だろう?」と考え込んだりはしない。過去の記憶から、それがドアだということを瞬時に理解できる。もちろん、そのドアを開く方法も知っている。つまり、ドアがどんなものかを一度学べば、生涯にわたって大きなリターンが得られる。死ぬまでに、何度ドアを開けるかを考えてみてほしい。

 バカげたたとえかもしれないが、記憶を将来への投資だと考えれば、その効用を理解しやすくなる。記憶は配当を生み出し、私たちの生活を豊かにしてくれる。経験からは、その瞬間の喜びだけではなく、後で思い出せる記憶が得られる。

 たとえば、ファースト・キスのことを思い出したとしよう。それが楽しい経験だったのなら、甘酸っぱい気持ちになるかもしれない。あるいは、歯に矯正用のブリッジをつけていたせいで恥ずかしかったことを思い出して、クスリと笑うかもしれない。

 こうして、元の経験を心のなかで追体験し、さまざまな感情を蘇らせることができる。元の経験に比べれば、記憶から得られる喜びはほんのわずかかもしれない。それでも、その思い出はかけがえのない宝物だ。

経験を増やすと、雪だるま式に幸せになれる

 とても楽しかった休暇旅行のことを思い出してほしい。その旅行についてあなたは、友人に話したり、自分一人で旅の回想をしたり、一緒に旅した人と思い出話に耽ったり、同じような旅行の計画を立てている誰かにアドバイスをしたりしたはずだ。

 こんなふうに、元の経験から副次的に生まれる経験は、まさに記憶の配当だと言える。その経験は、積み重なっていく。忘れがたい旅を振り返ることで、どれくらい多く、豊かな時間を過ごせただろうか。繰り返し思い出すことで、元の経験よりも多くの喜びが得られることだってある。金を払って得られるのは、その経験だけではない。その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれているのだ。

 先ほどこの本では、経験にポイントを与え、棒グラフにしてもらった。ここに、元の経験を思い出すたびに得られる喜びのポイントを加算してみよう。記憶の配当によって絶えず積み重ねられていくポイントを加えていけば、銀行預金が複利によって雪だるま式に増えていくように、元の棒の高さを超えることだってある。

 特に、経験の思い出を誰かと分かち合うときがそうだ。自分が経験したことを、誰かに話す。その経験をネタにして笑い合い、絆を深め、アドバイスする。すると、そのこと自体が経験になる。あるビジネスが別のビジネスを生むのと同じだ。

 良い経験はまわりに伝染する。自分が思っている以上の、ポジティブな連鎖反応が起こる。1足す1が2以上になる。だからこそ、私たちは経験に投資すべきなのだ。

(本原稿は、ビル・パーキンス著、児島修訳『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』からの抜粋です)