橘玲の日々刻々 2020年11月9日

非正規社員、パートなど「すべての労働者を平等に扱う」のなら
正社員の福利厚生は廃止になる?
【橘玲の日々刻々】

 年功序列・終身雇用の「日本的な働き方」の転機になると注目された最高裁の2つの判決が出ました。

 契約社員やアルバイトに賞与・退職金を支払うべきかを争った裁判では、最高裁はいずれも「不合理とまでは評価できない」として、一部の支給を認めた高裁判決を退けました。その一方で、日本郵便の契約社員らが正社員との待遇格差を訴えた裁判では、扶養手当や有休休暇など、高裁判決の一部を変更して原告の請求すべてが認められました。経営側と非正規労働者の双方が一勝一敗で、バランスをとった判断のようにも見えます。

 正規/非正規の格差解消を目指す流れのなかでいずれも大きな意味をもつ裁判ですが、ここでは日本郵便の判決がどのような影響を与えるかを考えてみましょう。

 民主党政権時代(2013年4月)に施行された労働契約法20条は、「正社員か非正規かにかかわらず合理的な根拠のない待遇格差は認めない」という画期的なものでした(現在はパートタイム・有期雇用労働法に移行)。これによって経営側は、「身分(正社員じゃないんだから)」を理由とした賃金の差を正当化できなくなり(同一労働同一賃金)、それが福利厚生や賞与・退職金といった「正社員の特権」にまで及んできたのです。

 近代の市民社会は身分制を否定し、すべての市民を平等に扱うことによって成立するのですから、日本の労働慣行に根強く残る「身分差別」をなくしていくべきなのは当然のことです。しかし、日本郵便の判決を受けて、「これからは非正規でも扶養手当などの福利厚生が受けられるようになる」とのメディアや識者の説明には疑問が残ります。労働者を平等に遇する方法は、それだけではないからです。

 今回の最高裁判決を受けて、契約社員にも扶養手当や有休休暇を認める会社が出てくるでしょう。ところがその会社には契約社員と同じような仕事をするアルバイトがいて、「なぜ自分には福利厚生がないのか?」と訴えたらどうなるでしょう。会社は法律にのっとって、その待遇格差に「合理的な理由」があることを証明しなければなりません。

 こうした事態に対処するには、どのようなケースが福利厚生の対象となり、どの場合は支給の対象外かを定める細則が必要です。ところが現場には広大なグレイゾーンがあるので、アルバイトと契約社員の仕事のちがいが判然としないことも起こり得ます。その場合は、アルバイトにも扶養手当や有休休暇を認めるべきなのでしょうか。

 このように、紛争を避けようと規則を細かくすると、それによってさらにトラブルが増えてしまいます。だったらどうすればいいのか。答えはあきらかで、「正社員も含め、すべての福利厚生を廃止する」です。

 実際、「世界でもっともリベラルな国」スウェーデンでは、交通費も含めて福利厚生はまったくなく、フルタイム・パートタイムにかかわらず、労働者には職位にもとづいた月収と、成果で判断される賞与が支払われるだけです。

 これが「すべての労働者を平等に扱う」方法なのですから、日本企業も早晩、同じことになるのではないでしょうか。

『週刊プレイボーイ』2020年11月2日発売号に掲載

橘 玲(たちばな あきら)

橘玲のメルマガ 世の中の仕組みと人生のデザイン 配信中

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)、『もっと言ってはいけない』(新潮新書) など。最新刊は『女と男 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。

橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲のディープなメルマガ
発売即重版決定! 橘玲の最新刊【幸福の「資本」論】発売!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。