橘玲の世界投資見聞録 2012年9月27日

[橘玲の世界投資見聞録]
現代の”ゴモラ”ナポリの街角で見たイタリアの闇

カモーラによる支配

『ゴモラ』の冒頭で、サヴィアーノはイタリアのファッション業界の内幕を描く。この場面はそのまま映画版でも再現されているのだが、華麗なイタリアブランドはナポリ周辺の町や村にある中小の縫製工場が支えている。典型的な職場は、1階を工場にして2階に経営者の家族が暮らすガレージか倉庫のような建物で、最低賃金は無視され、1日10時間働いて給料は月500~900ユーロ。それでも近年は安い中国製に押され、倒産や夜逃げが後を絶たないという。

 ローマやミラノの大手ブランドは、ナポリの工場主たちを集めてオークション(入札)で仕事を発注する。ブランドの担当者が生地や品質などの条件を読み上げた後、指定された数をどのような条件で請け負うかを競りにかけるのだ。

 サヴィアーノが立ち会ったオークションでは、発注はドレス800着で、最初の業者が「40ユーロ、2カ月」と価格と納期を告げると担当者が黒板に「800/40/2」と書く。それよりも安く、短期間で請け負える業者が次々と声をあげて、けっきょく「800/25/25」(25ユーロ、25日)で落札された。競争は激しくこれでは儲けは出ないが、工場の設備や従業員を遊ばせておくわけにはいかないのだ。

 零細な服飾工場の苦難は、仕事を勝ち得てもさらに続く。

 ブランドメーカーは、品質確認した完成品にしか支払いをしない。その間の従業員の給与や生産コストはすべて工場の立替え払いだが、いつ夜逃げするかわからないような工場に融資してくれる銀行はない。これでは、仕事を完成させる前に資金繰りがつかなくなってほんとうに倒産してしまう。

 こんなとき、工場主が頼るのがカモーラだ。

 カモーラは、工場主の弱みにつけこんで暴利をむさぼったりはしない。それとは逆に融資金利は2~4%と、銀行融資と同じかそれよりも低い。
もちろんカモーラは、慈善事業をしているわけではない。彼らの目的は、低利の融資で零細な工場を支配下に置くことだ。

 有名ブランドの入札に参加しても、すべての工場がじゅうぶんな仕事を取れるわけではない。だがそうした工場にも従業員がおり、設備も揃っている。このままなんの仕事も得られなければ、卓越した技術を持つ彼らは廃業するしかない。そこでカモーラは、彼らに偽ブランドをつくらせるのだ。

 こうして生まれるパチモノは、かぎりなく本物に近い。偽ブランドの生産工場は、オークションで仕事を受注できれば“本物”をつくっていたはずだからだ。こうして、本物と偽物の境界はかぎりなくあいまいになっていく。

こちらは本物のブランド。Valentinoは閉店 (Photo:©Alt Invest Com)

 たとえばアルマーニは、ブランドイメージを守るためにスーパーLサイズをつくっていないが、偽ブランドならこうした特注品が揃っている。その工場がアルマーニの正規品の縫製もしているなら、スーパーLサイズの顧客は本物か偽物かを問題になどしないだろう。

 もっとも洋服の生地は大半が中国でつくられるから、本物とまったく同じ“偽物”ができるわけではない。だが革製品の原料は地元産で、サイフやバッグならより精巧なものがつくれるのだという。もっとも今ではカモーラは中国の犯罪組織とも接触し、“偽物”の生地の仕入ルートを開拓しているから、いずれ本物にかぎりなく近いスーツやドレスが闇市場で売られるようになっても不思議はない。

 ナポリ製の偽ブランドは、「特A」品として、麻薬の販売ルートを通じてヨーロッパ各国や世界じゅうに売られていく。

 ずいぶん前に香港で、偽ブランドを扱う露天商に“高級品”を保管する倉庫を案内してもらったことがある。そこはただの雑居ビルで、エレベーターではなく階段を使い、屈強な見張りのいるドアをいくつも通り抜け、厳重に施錠された分厚い鉄扉を開けると、その向こうに「特A」の品物が並んでいた。フランスやイタリアの超高級ブランドばかりで、きわめて精巧につくられていたが、その代わり価格も本物の半値から3分の1くらいはした。こうした“高級偽ブランド”も、もしかしたらイタリアの工場でつくられたのかもしれない。

 ところで、私がナポリで見た光景はいったなんだったのだろうか。

 『ゴモラ』によれば、カモーラは傘下の工場で生産させた偽ブランドを国外に輸出するだけでなく、地元で観光客相手に販売してもいる。だが売り子にイタリア人を使うと検挙されたときにやっかいなので、ナイジェリアなどからの不法移民に品物を卸し、街の一等地で売らせているのだ。

ミラノと並ぶガッレリア。19世末の建築 (Photo:©Alt Invest Com)

 ナポリの教会の前に黒人の物売りがいたとしても奇異に思うだけで、私のような一介の旅行者にはその背後に隠されているものまではわからない。観光客だけでなく、『ゴモラ』が世に出るまでは、当のイタリア人ですらこんな秘密は知らなかった。

 私が見たのは、イタリアの宿痾ともいえる闇経済の一部だったのだ。

 (執筆・作家 橘玲)

<Profile>
橘 玲(たちばな あきら)
作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 究極の資産運用編』『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術 至高の銀行・証券編』(以上ダイヤモンド社)などがある。最新刊『(日本人)かっこにっぽんじん』(幻冬舎)が発売中。ザイオンラインとの共同サイト『橘玲の海外投資の歩き方』をオープン。   
 


 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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