総裁選の日の夜、筆者がMCを務めるニコニコ生放送の番組のゲストとして登場したその薬師寺氏は、安倍氏に対してというよりも、結果として彼を選ばなくてはならなかった自民党そのものを嘆いているようだった。

“再チャレンジ”する
資格はあったのか

 確かに、今回の自民党総裁選に出馬した安倍・石破・石原・町村・林の五候補は全員世襲議員だ。前回の総選挙で世襲禁止の方針を決めたはずの政党がこれだ。

 それだけではない。総裁選の投票過程を見ても、第一回目の投票でもっとも党員票を集めた無派閥の石破氏、もっとも議員票を集めた石原氏はそれぞれ勝つことはできなかった。

 そこに野党としての勝負の姿勢は感じられない。「安倍総裁」の再来は自民党という政党の限界とも映る。本当に「経験」を活かしているのかすでに怪しい。

 安倍氏もそうだが、政治家には再チャレンジが認められているようだ。だが、一般の国民にはそうした可能性はほとんどない。失敗や反省する余裕すらない。あの頃、会社を失い、社員を失った中小企業経営者の多くはいまもそのままだ。

『官邸崩壊』でも書いたが、安倍氏は一度、バッジを外して、自らをいったん「下野」させるべきだったのだ。そこからしか自身の再生はない。

「安倍新総裁が勝った瞬間、産経新聞の記者はガッツポーズをしてハイタッチしていた。まったく以前と変わらないんだなと思いました」

 そう、実は安倍氏や自民党だけが悪いのではないのだ。お粗末なのは側近たちも同様だし、何と言ってもいまどき記者クラブシステムを復古させた当のメディア自身が一番ひどいのである。それは安倍氏に近いメディアも遠いメディアも無関係だ。