およそ1ヵ月前、東海、東南海、南海地震などが同時発生する「南海トラフ巨大地震」について恐るべき被害想定が発表された。特に衝撃だったのは、最大級マグニチュード(M)9.1の地震が発生した場合、最悪のケース(冬・深夜、東海地方が大きく被災)では死者が最大32万3000人に達するというものだ。昨年の東日本大震災では津波到達までの時間が約30分~1時間程度だった一方、南海トラフ地震の想定では津波到達までわずか数分程度という地域もある。

この想定を絶望的に受け止める地域住民も少なくないなか、私たちはこれから防災対策にどう取り組むべきか。今回の想定発表に携わった中央防災会議・南海トラフ巨大地震対策検討作業部会副主査を務める東京大学総合防災情報研究センター長・田中淳教授に、この最悪の想定を発表した真意と、望まれる防災対策について聞いた。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 林恭子)

なぜ最悪の被害想定を発表したか
「地震像の固定化」の危険も

――先月末に発表された「南海トラフ地震」の政府被害想定は、最大級の地震が発生し、なおかつ最悪のケースで32万3000人が死亡するという衝撃的なものでした。被災地域には絶望的な数字にも感じられますが、この最悪の被害想定をあえて発表した狙いとは?

南海トラフ地震「死者最悪32万人」をどう読むか<br />専門家も恐れる“絶望視”に潜む危険性<br />――東京大学総合防災情報研究センター長・田中淳教授に聞くたなか・あつし
東京大学大学院情報学環 総合防災情報研究センター センター長・教授。1954年生まれ。 1981年東京大学大学院社会学研究修士課程修了。 1981年財団法人未来工学研究所研究員。1990年群馬大学教養部専任講師。 1992年文教大学情報学部専任講師・助教授(94年)。2000年東洋大学社会学部助教授・教授(2001年)を経て、2008年東京大学大学院情報学環教授。

 東日本大震災が防災・減災対策に与えた衝撃は、とても大きなものだった。津波は我々の想像以上に極めて高く、地域によっては内陸部奥深くまで浸水し、それぞれの居住地域におけるこれまでの津波の危険性の評価をはるかに超えている。これは、今まで考えてきた地震像に基づいて防災対策を進めることの危険性を示している。つまり、1つの地震像、津波像に固定化してしまうことに大きな問題があった。

 地震は近代観測され始めてから100年、歴史記録も高々2000年しか残ってない。これだけの知識しかないところに、東日本大震災は自然災害の多様性、幅広さを我々に突き付けたと言っていい。

 では、今後、被害を防ぐためにはどうしたらいいか。まず、過去に学ぶとともに、既往最大にとらわれず、発生頻度は極めて低いかもしれないが、今科学的に起きうる最大限の地震災害を考えることが重要である。そして同時に、最大クラスよりは規模が小さいが頻度の高い地震災害についても想定し、備えなければならない。今回は、その地震規模の幅を見なければならないという3.11の反省から想定を出している。