LCCの元祖:サウスウエスト航空

 サウスウェスト航空はその優れた競争戦略で有名な企業だ。これまでも数多くの競争戦略の教科書が、理論やフレームワークを説明するために事例として同社を取り上げてきた。拙書『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』でも例にもれず、個別の打ち手が明確な因果論理でつながっている、すなわち「戦略がストーリーになっている」とはどういうことかを、サウスウェスト航空の事例を使って説明している。

 サウスウエスト航空は、LCC(ローコストキャリア)の元祖というべき企業だ。1970年代の初頭にサウスウェスト航空から始まったLCCは90年代になるとまず米国で広まった。21世紀に入ってからはヨーロッパやアジアでも浸透し、日本でも「ピーチ」や「エアアジア・ジャパン」などの就航が始まった。サウスウェスト航空の戦略は単に秀逸だっただけではない。結果的に航空業界に「LCC」という新しいカテゴリーをもたらすことになった。サウスウェスト航空の戦略ストーリーは、言葉の正確な意味で、「戦略のイノベーション」だった。

 LCCのイノベーションは、顧客の側からみれば「安価」という価値をもたらした。しかし、価格を下げるだけであれば単なる意思決定の問題だ。やろうと思えばだれでもできる。低価格を持続的に可能にするためには低コストの裏づけがなければならない。文字通りの「低コストのキャリア」といってしまえばそれまでだが、その背景には入念につくられたサウスウェスト航空の戦略ストーリーがあった。

 サウスウェスト航空の戦略の全貌を説明しようとすると、それがよくできたストーリーであるだけに、話が長くなる。以下では思いっきり単純化して、戦略ストーリーの一番の本筋に当たる「ハブ&スポーク(拠点大都市経由)方式を使わず、より小さな二次空港をつなぐ」という部分をみておこう。

 従来の航空会社は「ハブ&スポーク方式」で飛行機を飛ばしていた。ところが、サウスウエストはハブ&スポーク方式に基づく運航は行わず、出発地と目的地の2点間を単純につなぐ「ポイント・トゥー・ポイント路線」に特化した。大都市のハブ空港は使わず、小都市のあまり混雑しない空港や、大都市の場合でも相対的に小さな「二次空港」に乗り入れた。

 この戦略的な選択は、それ自体が低コストを可能にする。空港のゲート使用料や着陸経費がハブ空港の半分から3分の1で済むからだ。しかし、それ以上に重要なのは、この「ハブ&スポーク方式を使わない」という要素が「15分ターン」という別の要素とつながっているということだ。

 サウスウエストの目標ターン時間はわずか15分。これは競合他社の平均の半分から3分の1という短さだった。「ターン時間」とは、空港に着いた航空機が、ゲートに到着し、乗客が降り、機内の清掃と燃料補給、荷物の積み下ろしと積み込み、機体の検査が行われ、乗客が全員乗りこみ、再度飛び立つまでの待ち時間を意味している。いうまでもなく、ターン時間(の短さ)は、航空業界でのコスト低減に重要な意味を持つ。ターン時間が短いほど、設備や人や機体の稼働率が上がり、単位当たりのコストは下がる。

 ハブ空港を使わなければ、ゲートへのタキシング所要時間、ゲート空きを待つ回数や時間、乗客が乗った後の離陸順番の待ち時間が減る。だからターン時間を短縮できる。しかも、ハブ&スポーク方式が前提としている他の便との乗り継ぎを必要としない。ハブ&スポーク方式であれば、前の便が遅れた場合には乗継ぎ客を待っていなければならない。ところが、サウスウエストにはそもそも「乗り継ぎ」がない。こうした因果論理でもターン時間が短くなり、コストが下がる。

 サウスウェストの創造した戦略ストーリーはこれまでにない非連続なやり方でコストを下げるイノベーションだった。前回話したように、「イノベーション」と「進歩」は異なる概念だ。進歩が「できるかできないか」であるのに対して、イノベーションは多くの場合「思いつくかつかないか」の問題だ。サウスウェストの戦略イノベーションにしても、とりたてて難しい構成要素(たとえば、技術的に非常に高度な新しい機体とか複雑なITシステム)に依存しているわけではない。

 そうだとしたら、サウスウェストがなぜこのような戦略のイノベーションを実現できたのかということ以上に重要な問いが浮かび上がってくる。サウスウェストが登場する以前から、航空業界は長い歴史をもっていた。にもかかわらず、サウスウェストがやり始めるまで、なぜこうしたイノベーションが現れなかったのか。