橘玲の日々刻々 2021年1月28日

ネット社会や高度化するテクノロジーの負の側面とは?
「テクノロジー・ユートピア」は幻想なのか
【橘玲の日々刻々】

Photo: Graphs / PIXTA

 先入観や思い込みを排して客観的にデータを見れば、テクノロジーの指数関数的な性能向上と高度化するグローバル資本主義によって、より少ない資源からより多くの食料、エネルギー、製品を生み出せるようになり、わたしたちの生活だけでなく地球環境もますますよくなっているらしい。

[参考記事]
●「加速するテクノロジーの融合」によってあらゆる格差はなくなり、すべての社会問題は解決できるのか?

 これはたしかに勇気づけられる話だが、テクノロジーには負の側面もあるのではないか。そう思って2冊の近刊を手に取ってみた。

サイトの粘着性を高める4つの重要な要素

 マシュー・ハインドマンはジョージ・ワシントン大学メディア公共問題学校准教授で、「政治的コミュニケーション、デジタル観衆、オンライン虚報などを中心に研究」しているという。『デジタルエコノミーの罠 なぜ不平等が生まれ、メディアは衰亡するのか』(NTT出版)は、そのハインドマンがアメリカの地方新聞を素材に、インターネットが民主政(デモクラシー)やジャーナリズムにどんな影響を与えるのかを論じている。原題は“The Internet Trap: How the Digital Economy Builds Monopolies and Undermines Democracy(インターネットトラップ デジタルエコノミーはどのように独占を構築し、民主政を掘り崩すのか)”。

 インターネットが大衆に開放された1990年代半ばには、個人の自由が際限なく拡大し、言論空間が拡張され、あらゆる既得権を破壊して「テクノロジー・ユートピア」を実現するのだとさかんにいわれた。それから四半世紀たって、あの頃の“夢”はどうなったのだろうか?

 ハインドマンは、オンラインビジネスが「関心(アテンション)」を貨幣とする経済であることから話を始める。その特徴は、エージェント(サイト)のあいだのちがいが単利のように累積するのではなく、複利で累乗することだ。

 資本主義のビジネスが利潤(貨幣の量)の最大化を目指すのと同じように、インターネットのビジネスでは観衆=利用者の「関心の最大化」が目標になる。そのときに重要なのが「粘着性(stickiness)」で、「いちど訪れて気に入ったサイトは、繰り返し訪れるようになる」ことだ。だがネットの世界には無数のサイト=選択肢があるのだから、ちょっとした不満があれば観衆はすぐにほかのところに移ってしまう。

 ネットビジネスのこうした特徴は、「サーチ(検索/探索)」にコストがかかることで説明できる。別のサービスを利用するためには、いまよりよいところを探し、サイトの使い方を学習し、あれこれ試してみる必要がある。それがすべて無料であっても、1日の時間は限られているので、利用者には思いのほか大きなコストがかかっている。これまでと同じサービスを利用していれば、サーチコストの分を別のこと(趣味や仕事)に使えるのだ。

 そのように考えると、インターネット事業者にとって死活的に重要なのは、サイトの満足度が常にサーチコストを上回るように維持することだ。この場合、利用者は別のサイトに移ると超過コストが生じるので、同じ場所に留まるのが合理的になる。

 ライバルの立場からすれば、この粘着性を引きはがして、利用者を自分のところに引き込まなくてはならない。そのためには、サーチコストに見合うだけの金銭的な報償をつけるなど、さまざまなマーケティング努力が必要になるだろう。

 サイトの粘着性を高める重要な要素はなんだろうか。ハインドマンは、大きく次の4つだという。

 1つは「読み込み時間の速さ」で、「さくさく進む」ことだ。多くの研究で、速度が速いとトラフィックが増え、10分の1秒でも遅れるとトラフィックが減ることが示されている。「遅い」ことは利用者にとって大きなストレスなのだ。

 2つ目はコンテンツの更新で、ニュースサイトの場合、訪れるたびに新しい記事がアップされていれば粘着性は高まり、同じ記事ばかりだと観客は退屈して離れていく。記事の分量を短くすることも重要で、AP通信とロイターでは「500ワード(日本語換算で1000字)以下」とされている。「読者がほとんどの長い記事を読むだけの集中力がなく、記事が長すぎると読む気を失ってしまう」からだという。

 3つ目はサイトのデザインとレイアウトで、ここではA/B試験(2種類のデザインをランダムに利用者に提示し、どちらのレスポンスが高いかを評価する)が使われる。ニュースサイトの煽情的な(あるいは紛わしい)見出しがしばしば批判されるのは、記事を的確に要約するのではなく、A/B試験によってもっともトラフィックの多いものを使うようになったからだ。

 4つめは「パーソナル化されたコンテンツ推薦システム」で、Amazonのお勧め商品やNetflixのお勧め動画のように、利用者が求めているものを上手にリコメンド(推薦)できれば関心は高まり、トラフィックは大きくなる。

 中小のニュースメディアや新興企業にとってのハードルは、これらの条件をクリアするのに膨大な費用がかかることだ。読み込み速度を上げるにはサーバーに巨額の投資をしなければならず、大量のコンテンツをつくるには多くの記者を雇わなければならない。だがそれだけでは十分ではなく、大量のトラフィックからのビッグデータがないと、A/B試験もAIによるリコメンドもうまくいかないのだ。

 こうして、インターネットの世界では先行者が圧倒的に有利になる。2016年半ばの時点で、GoogleとFacebookがアメリカでのデジタル広告の73%を占めているのは、「ゆたかな者はますますゆたかになり、貧しいものはずっと貧しいまま」という“マタイ効果”の典型なのだ。


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